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【レポート】意識が変わる、社会が変わる、働き方が変わる~これからの働き方 の7つのモデル~

第2回アフター平成時代を切り拓くための経営マインドとは 2019年2月25日(火)開催

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平成の30年が終わり、皇太子さまが新天皇に即位された5月1日から、令和元年がいよいよ幕を開けました。日本デザイン振興会とエコッツェリア協会が共催する「アフター平成時代を切り拓くための経営マインドとは」は、新しく始まるこの時代に、丸の内から多様なイノベーションを創出すべく、"デザイン思考"を鍵に各界のフロンティアを切り拓くゲストを招き、そのビジネスストーリーを紐解きながら、枠にとらわれない思考のヒントを探る全5回のプログラムです。

第2回講座のゲストは、土谷貞雄氏(株式会社貞雄代表)。徹底したフィールドワークや調査をもとに、人々のインサイトやそこから見える暮らしのあり方を見出し、"共感の仕組みづくり"を多くの企業に導入する「暮らし研究家」として活躍するかたわら、2010年からは、住まいに関する研究会「HOUSE VISION」(代表・原研哉氏)の活動に注力されてきました。

HOUSE VISIONは、「家」をあらゆる産業の交差点と捉え、建築家と多様な企業やクリエイターが協働し、これまで体験したことのない家のあり方を原寸大で具体化する試み。土谷氏は企画運営を担う立場として、それらの人々と対話を重ね、ともに暮らしを再編集し、新しいビジョンや構想を展覧会というかたちで提案してきました。2011年に東京と北京で開催したシンポジウムを皮切りに、2013年の『HOUSE VISION 2013 東京展』、2016年の『HOUSE VISION2/2016 東京展』を開催し、2018年には『HOUSE VISION 2018 BEIJING EXHIBITION』を開催したほか、その活動範囲はアジア各国へと拡大し、今なお躍進を続けています。

本講座では、暮らしのエキスパートである土谷氏の多彩な知見と経験をもとに、「マーケティング」のひと言では括ることのできない、これからの暮らしや新しい社会、経営のあり方について探っていきました。

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HOUSE VISIONという「問いかけ」

HOUSE VISIONという「問いかけ」

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最初に土谷氏はHOUSE VISIONの活動について紹介しました。「新しい常識で家をつくろう」をテーマに、2013年に東京・青梅の臨海副都心J地区で開催した『HOUSE VISION 2013 東京展』では、日本を代表する現代美術家・杉本博司氏と住友林業による「数奇の家」、建築家・坂茂氏と無印良品による「家具の家」など、家を基軸とした新しい産業の可能性を提示。続く2016年に同会場で開催した『HOUSE VISION2/2016 東京展』では、「CO-DIVIDUAL 分かれてつながる、離れてあつまる」をテーマに、建築家・隈研吾氏とTOYOTAによる「グランド・サード・リビング」、建築家・長谷川豪氏とAirbnbによる「吉野杉の家」など、個に分断された人々、都市と地域、あるいはテクノロジーの断片をいかにして再集合させるかという「家」をめぐる原寸大の具体案が展示されました。

「展覧会では、完成形を作るというよりは"問いかけ"をしています。それに対してどう思うかということ来場客の方たちと一緒になって考えてきました」と土谷氏が話すように、2013年、2016年の展覧会では、建築家はもちろんのこと、社会学者や哲学者、デザイナー、企業経営者、エンジニア、農水省や国交省、農業従事者、旅館経営者など、多様な専門性や視点を持つ方たちによるトークセッションが行われ、来場者を交えた多角的な討論が繰り広げられました。

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その後アジアで火がつき、現在、HOUSE VISIONの活動の舞台は、中国、韓国、台湾、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムの7カ国にまで広がっています。2018年に北京の国家体育場(鳥の巣)南広場で開催された『HOUSE VISION 2018 BEIJING EXHIBITION』では、躍進する国内外の企業と気鋭の建築家やクリエイターが考えた未来の家のあり方を原寸大で展示し、ここでもまた、訪れる人々がそれを実体験することで、暮らしを再考する機会を創出しました。

「この10年くらい、中国にどっぷり浸かってきた」という土谷氏は、深圳に暮らし研究所を設立し、日本と中国を行き来する多忙な日々を送っています。「暮らし研究家としての仕事は、非常にマニアックです(笑)。例えば、冷蔵庫の中味をひたすら見続ける、テレビは部屋の中でどんな風に置いてあるのかなど、ウェブアンケートを通じて、人々の持ち物や日常にある細かいことを観察し続け、そこにどんな潜在的な意識が潜んでいるのかを考え続けます。答えを出すというよりも考え続けることが、私の仕事です」

これからの働き方の7つのモデル

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「この10年間、新しい未来の暮らし像についてずっと考えてきましたが、やっぱり未来は分かりません。ただ、2050年には、世界の総人口が現在の1.5倍に増加する一方、日本の人口は66%に減少して、一世帯あたりの人数が約1.1人になると予測されている今、成長経済から成熟経済へと向かうことは避けられません。人口減少と少子化高齢化は、日本だけでなく、アジアの国々もやがて直面する問題です。それをどう解くかというよりも、縮小する都市を前提としながら、未来の暮らしについて考えています」

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次に土谷氏が紹介したのは、「ビジネスモデル2025」(ソシム)の著者で知られる一般社団法人ソーシャル・デザイン代表理事・長沼博之氏が考案したビジネスモデルに関する図。ビジネスモデルについて考える時、いかにして利益をもたらすビジネスモデルをつくるかということに目が向きがちですが、この図を見ると分かるように、ビジネスモデルを支えているのは、社会モデル。その根底には、マインドモデル=意識のレイヤーがあります。

「ビジネスモデルを考える前に、考えなくてはならないことがあるということです。今、人々の意識がどんな風に変わっているのか、それによって社会はどう変わっているのかということに思いを巡らせることがまず重要であり、ひいては、それが、これからのビジネスモデルを考えることにつながっていくということです。新しいビジネスモデルは、新しい社会モデルや人々の意識の上に成り立っているということを忘れてはいけない、とこの図は教えてくれます」

長沼氏の言葉を借りれば、ビジネスモデルを考える時、「何のためにどのように生きるか」という意識レベルの変化が大切なのであり、ある意味で、文明的な転換期を迎えているのが今の時代。人間の意識レベルが進化する社会において、「働き方のモデルも変わっていくだろう」と土谷氏は話します。次の7つのモデルは、日本やアジア各地で活躍する若者たちの取り組みや新しい仕事について取材を続ける土谷氏が、「こんな働き方の人って、カッコいいと思う、これからの働き方のモデル」です。

<土谷氏が考えるこれからの働き方の7つのモデル>

1 「なにかを成し遂げる」ことから、「なにかを支える」仕事

「これまでは、何か大きな仕事を成し遂げた人が憧れ像だったかもしれません。でも、これからの時代はどうでしょうか。何か大きなことを成し遂げるよりも、何かを懸命に支えて、"ありがとう"と言われる働き方をする人が求められる時代になるのではないかと思っています」

2 "神業"を修得した人

「職人さんをよく取材するのですが、彼らの仕事って、究極のところ、他の誰にもできないものだと思います。例えば、先日お会いした大工さんは、幅1メートルほどの板を両端から真ん中に向かって手作業で切るにも関わらず、寸分違わずまっすぐ完璧に切ることができます。切るごとに生じる微妙な反りを想定した手技は、まさに神業でした。イノベーションとは、誰にもできない発明をすることではなく、職人さんたちのように、誰にでもできるようなことを真剣にやり続けることで、誰にも真似できない領域に行くこと、あるいはその過程で生まれる新しいアイデアのようなものではないかという気がしています」

3 人に喜びや、美しさ、暮らしの豊かさを与える仕事

「SDGsが、持続可能な開発を経済、社会、環境という3つの側面で、バランスが取れた形で達成することにコミットしているように、経済優先の社会から、よりバランスの取れた社会へと変わっていく時、やはりキモとなるのはコミュニティです。歌を歌ったり、美しい器を作ったり、人々の暮らしに喜びや美しさ、豊かさを与える芸術家の存在は、コミュニティにとって欠かせない存在だと思います」

4 人の喜びに耳を傾け、寄り添う仕事

「例えば、さまざまな分野でマネージャーと呼ばれる立場にいる人は、これまではどちらかと言えば、"話を聞く"よりも"話をする"方が多かったかもしれません。これからは、"お母さん"のように、人の話によく耳を傾けて寄り添う。そんな仕事をする人も、重要になってくるのではないか思います」

5 人に知識を与える仕事

「時代がどれだけ変わっても、やはり新しい知識を得ることは人間にとっての大きな喜びであり、知らないことを知っていくことは、とても大事なこと。研究者や学者、思想家をはじめ、専門分野の知識を持ち、人に与えることのできる存在は、非常に重要だと思います」

6 自分らしさ、自分の喜びを表現できる「遊び」のような仕事

「先日、秋田県五城目町で『シェアビレッジ町』を営むメンバーのひとり、丑田くんという若者に会いに行った時、こんなことを話してくれました。"機械にできないことは、遊び。いかに遊べるか、真剣に遊べるか、楽しめるか。遊びの中からビジネスが生まれることもあるけれど、そもそもビジネスになるかどうかは問題ではない。やっぱり楽しいかどうかなんです"と。彼の言った"プレイフル"という言葉が印象的でした」

7 人に刺激を与える人

「旅人や異邦人のように、自らを肯定する自由な生き方によって、関わる人々をインスパイアし、触発する人。これからの時代には、必要な存在だと思います」

「これらは、あくまで私の考えるこれからの働き方のモデルですが、経営や組織についても、これまでとは違う視点で再考していく必要があるのではないかと思います」と土谷氏は話します。1980年代からバブル景気が崩壊するまでの時代、「日本的経営」は日本経済の高成長と相まって高く評価され、欧米諸国から大きな注目を集めていました。それは、合理化を前提とした経営ではなく、組織というコミュニティの中で共通の意識を共有し、時に寝食をともにしながら、"阿吽の呼吸"でさまざまなプロジェクトをハイスピードで進めていくという日本独特の経営スタイルで、欧米諸国でも多くの人が学び、研究し、取り入れようとしました。

しかし、バブル崩壊後、日本経済を取り巻く状況は大きく変わります。「失われた20年」とも言われる長い停滞期に突入し、リーマンショックや阪神大震災などの影響により予期せぬ苦境に立たされる中、日本経済再生の切り札として「アメリカ型経営」が導入されていきました。

「合理化と称して、社員一人ひとりが、自分で考えることや仲間と過ごす時間をどんどん切り捨てて、評価制度で成果を評価するやり方で、本当に生産性が上がったのかというと、疑問が残ります。それよりも、本質的に大事なことを切り捨てることによって、どれほど人々のモチベーションを下げているかということの方が大きな問題だと思います。2016年にAirbnbと仕事をした際、同社を訪問しましたが、かつての日本がそうだったように、スタッフたちは共通の意識を共有し、朝から晩まで一緒に過ごして仕事に取り組んでいました。何かを作り出すためには、阿吽の呼吸が必要だということを日本的経営から学んだ欧米企業が世界を席巻する一方、今の日本は、"失った30年"をどう取り戻していくのかということが課題であるような気がします」

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「"家事"もまた、近代社会における合理化の最も大きな対象であり、できればやりたくないことの代表格になっている」と土谷氏は話します。日本の収納ブームの火付け役であり、ベストセラーとなった『「捨てる!」技術』(宝島社新書)の著者、消費行動研究家の辰巳渚さんは、氏にとってかけがえのない友人であり同志でした。「息をするように、家事をする」という辰巳さんの言葉は、その人亡き今もなお、土谷氏の胸に鮮やかに刻まれています。

「"労働"を支えるものとして、"家事労働"がある。女性が社会進出するにあたって、できれば、時短でラクにできた方がいい。または誰かにやってもらった方がいい。そんな世の中の風潮について、"そこにすべての間違いがある。家事は人間が生きるために必要なんです。息を止めたら死んでしまうように、家事をしなくなったら、人間は生きられなくなるのです"と辰巳さんは言いました。朝起きたら、布団をたたむ、掃除をする、整理をする、使ったものを元に戻すといったごく日常の作業をすることが、人間が人間らしく生きることなのだと。家事はとてもクリエイティブなものであるとも言っていました」

合理化が大きなテーマだった20世紀、私たちの暮らしは格段に便利になりました。しかしそのプロセスの中で、自分の手を動かし、何かを作り出すというクリエイティブの根源ともいえる作業が淘汰されていったのかもしれません。

「この半世紀ほどの間に、日本は大事なものを失っていったように思います。例えば、仕事を合理化するための選択肢のひとつに外注がありますが、企画書は自分で書くけれど、実際の作業を担うのは現場の人という状況の中で、新しいアイデアや発想って生まれにくいですよね。もっと言うと、そもそも新しいアイデアが必要なのでしょうか。料理を例に挙げると、見たこともないような、まったく新しい料理がクリエイティブだとは思えません。今までの料理の中にちょっと新しいことがあるという、それが本当の意味でのイノベーションなのではないかと。ひと昔前で言うところの"ウルトラC"から、もっと日常の中で、気づいていないことを気づいていく、または体を通して分かっていく。今、そんな時代に移りつつあるのではないかと思います」

ゴールだけでなく、プロセスが重要な時代へ

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ここ10年を振り返って、土谷氏はこう話します。「インターネットの急速な普及やスマートフォンの登場によって、私たちの暮らす社会は、常に誰かとつながっている"常時接続社会"になりました。個人が誰とでもつながることができるようになった今、個人は分解されない"最後の個"ではなく、個人の中にさまざまなレイヤーのコミュニティが存在するということに気づいていくのです。それによって、社会のあり方は、国家から地域へ、地域から会社組織へと、順番に広がっていくのではなく、ネットワークのようにさまざまなレイヤーが同時に積み上がっていることを人々は認識し始めました。まさに、意識の構造や社会の仕組みが大きく変わっていった時代だと思います」

「個人の中にさまざまなレイヤーのコミュニティが存在する」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。土谷氏は、ブロックチェーン(分散管理台帳技術)を例に挙げてこう話しました。

「ブロックチェーンをひと言で表すとしたら、関係性ですよね。最後のひとつの成果のためにどんな関係性を築いてきたか。成果よりもそこに至るまでのトランザクションを重要視しているということが言えると思います。実際に実験してみると、成果をつくった人よりも、トランザクションの多い人ほど、中心人物になっていることが分かります。これを社会に置き換えると、さまざまな人との関係性を作り出していくことができる人が、そのコミュニティのキーマンになる可能性を秘めているということ。逆に言えば、一人の人間が、さまざまなレイヤーのコミュニティを持ち、その中でどこに帰属するかを自分で選択することが実現できる時代になってきたことの現れだと思います」

あるコミュニティではちょっと風変わりだと思われているけれど、また別のコミュニティではキーマンとして活躍している――多様なコミュニティを持つ人には、そんなことがすでに起き始めているのかもしれません。こうした変化をふまえると、自分の持つ価値で貢献できるコミュニティ=企業体で活躍できる働き方を選ぶ人が出てくることも考えられます。

「一人の人間がより多くのレイヤーのコミュニティを持ち、そこから自由に自分で選択できる方が、ずっと幸せですよね。人々の関係性を良好にするのが都市だと仮定するなら、結果の数字ではなく、トランザクションの数を指標にした方がよいと思います。測定の方法は難しいですが、売り上げや来場者の数値の代わりに、取引数や滞留時間に目を向けてみる。指標のあり方を組み替えてみると、見えなかったことが見えてくるようになるのかもしれません」

ブロックチェーンをはじめとする先端技術やシンギュラリティという未来予測の登場によって、今後どのようなテクノロジーの変化があるかということが、ある程度見えてきた今、
「テクノロジーによってどう変化するということではなく、私たち人間がどんな生き方をするのかが、大きなテーマになってくる気がします。そうなった時、自分らしく幸せにどう生きるかということが、とても重要になってくるように思います」と土谷氏。

image_event0225_08.jpeg 「ゴールだけでなく、プロセスが重要な時代になってくる」と土谷氏は言います。例えば、都市計画。計画から実行までのプロセスが分断されている都市計画に、住み手が参加することはなく、完成したところに住むのが通例となっていますが、「自分が意思を持ち、そのプロセスに参加できているかどうかは極めて重要なこと」です。

「都市やまちは、つくることが目的でなく、つくるプロセスに住む人が参加できるかどうかが、カギになっていくと思います。都市計画というものは、そもそも思い通りにはいかないものですが、ゆるやかな全体像と偶然が生まれる余白を計画することで、先のゴールではなく、プロセスに重点を置くことが可能になります。住む人たちは、そのプロセスに立ち会っていきながら、小さな"点"から考えていくことが大事になるでしょう。それらの点が重なり、集まることで密度を増し、やがて魅力的で楽しい都市やまちが出来上がっていくのです。あまりにも大きなスケールで考えすぎると、空虚なものになってしまいますし、そもそも何をつくるかは、デベロッパーの意思で決めるものではありません。計画も大事ですが、目を向けるべきところは、箱よりも中味。完成してからの運用はもっと大事。そして、何より、"自分のまちが好き"という気持ちは、そこに住む人にとって一番大切だと思います」

「これも、経営と似ている気がする」と土谷氏は言います。「指標ではまちの良さを語れないように、成果主義で企業を語ることが難しい時代に必要なのは、愛情です。"自分の働く会社が好き"という愛情の深さは、社員の一人ひとりが、その会社の中で起きているさまざまなプロセスにおいて、どれだけ関われることがあるかという"点"の密度と同義。これからの経営に求められるのは、それらの点が集まり、重なっていくことだと思います」

プレゼンテーションの後半、土谷氏は「6800人が回答してくれたが、6000人が離脱した」という、30分以上にも及ぶ"伝説"のウェブアンケートの事例などを紹介し、暮らし研究家としての活動について触れました。

「アンケートをやるようになったのは、無印良品の家での仕事がきっかけでした。"朝起きてから夜寝るまでの家事について教えてください"などと執拗な内容にも関わらず、離脱せずに丁寧に答えてくれる方たちを大事にしたいという気持ちがありました。そして、その方たちが提供してくれるディテールをつぶさに観察することで、自分も進化していくことを感じました。それが高じた今、さまざまな企業の暮らし調査を請け負わせていただいています」

徹底した調査を通じて土谷氏が得たもうひとつの気づきは、「調べることは聞くこと。聞くことこそが、最大のコミュニケーション」だということ。一心に、相手の話に耳を傾けることによって、さらに心を開いて話してくれるようになるのだと、身をもって実感したそうです。週5日は、現在の生活の拠点である中国で過ごし、残りの2日は日本に帰り、暮らし研究家として活躍するかたわら、日本各地に点在するユニークな働き方の若者たちを取材し続ける土谷氏は、まさに旅人のごとし。10年間に及ぶHOUSE VISIONの活動を経た今、次なる10年に向けて、新しいビジョンを描いています。

「ユニークな若者たちを取材する中、センセーショナルなイノベーションを起こすことよりも、もっと自然体で、今の生き方そのものに向き合っていく中から新しいビジネスが生まれていくように感じています。これからは、もう一度、自分の原点に戻って、暮らし調査に力を注いでいきたいと思っています。未来を見つめながらも、日々の暮らしを豊かにし、人々の関係性を良好にするサポートができるように、すぐ足もとにある小さなことに目を向けて、一歩ずつしっかり歩いていきたい。そんな風に思っています」と述べ、プレゼンテーションを結びました。

『偏愛』を可視化するということ

image_event0225_09.jpegエコッツェリア協会 田口真司

パネルディスカッションでは、本プログラムを共催するエコッツェリア協会の田口真司と公益財団法人日本デザイン振興会の川口真沙美氏から、土谷氏に質問が投げかけられました。

「HOUSE VISIONのお話の中で、"問いかけ"を大切にしているとおっしゃっていたが、自分で考えるのではなく、いかに省力化するかということにエネルギーをかけている若者が最近多いと聞く。若者に限らず、考えない人が増えつつあるのではないかと危惧しているが、どう思われるのか。ご意見を願いたい」(田口)

「分かりやすい例で言うと、食べログ。"土谷さん、このお店、星4つです。良ければ、予約しておきますよ"と若者に言われると、つい頼んでしまいますけれど(笑)、お店にしたって、自分で見つけた方が絶対に楽しいですよね。省くと便利な分、楽しさが半減します。省くことを否定しませんが、時々、あえてものすごく面倒くさいことをした方がいいと思います。楽しいですから」と土谷氏は回答し、先日取材に行ったという鎌倉の不動産会社「エンジョイワークス」の取り組みについて紹介しました。

エンジョイワークスは、空き家や遊休不動産オーナーと利活用したい人をつなぐ、参加型のクラウドファンド「ハロー!RENOVATION」に注目が集まる『みんなでまちづくりをしていく会社」。同社が手がけた「THE SKELETON HOUSE」は2017年度グッドデザイン賞を受賞しています。

「『ハロー!RENOVATION』は、用途に困っている空き家などをリノベーションするプロジェクト。あえて小規模投資の参加型クラウドファンディングとすることで、プロジェクトへの参加を通じて、みんなでまちづくりをすることを楽しむ人たちがたくさん集まってきています。200人もの人が集まることもあるそうですが、投資のリターンはほぼないに等しい。それなのに、毎月株主総会は開催されていて、ああでもないこうでもないとみんなで話し合いながら、めちゃくちゃ盛り上がっています。効率性で考えると、非常に面倒くさいことをしているようですが、あえてそれをやってみることが大事だと思います。家をつくるならエンジョイワークスというくらい、今注目されています」

image_event0225_10.jpeg公益財団法人日本デザイン振興会 川口真沙美氏

「プレゼンテーションを拝聴して、イノベーションは偏愛や強いこだわりから生まれるということを強く感じた。偏愛のコミュニティが、合理性や既存のプラットフォームなど、社会に存在する大きなものに勝つためには何が必要だと思うか?」(川口氏)

「偏愛のままでいいと思います。何かに勝とうとするとストレスが溜まって、偏愛しきれなくなってくるんですね。展覧会、暮らし調査、暮らしにまつわるコラム記事。私の取り組みはどれも偏愛から始まっていますが、面白いと言ってくれる人が必ずいます。ただ、偏愛ゆえに人を楽しませること、それを可視化することには努力しています。"多くの人はAを好む傾向にありますが、18.5%の人はBが好きだと言っています"というように、数字データはうまく使うと良いと思います。その時に私が大切にしているのは、根拠のない確信です。思い切って言い切ることも大事。言い切ったあとは、どうなるか分かりませんが、そんな楽観性も必要ではないかと。根拠のない確信をより根拠として感じるためにも、調査は非常に役立つものだと思います」

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講座の後半、参加者の方たちはグループに分かれてワークショップを行ったあと、土谷氏のプレゼンテーションに対する感想や質疑応答を全体で共有しました。感性に響く氏の話を聞いた人たちからは、「解放された時間だった」、「肉体を持って生まれてきたからこそ、肉体をフルに使っていろいろ感じる時代になっていくんだろうと解釈した」、「これからの働き方の7つのモデルの話が、一番心に刺さった。"数値化できない価値"を"これも素敵だよね"とそろそろ認める時代が来たように感じた」などのコメントがありました。

「その時代を生きる自分の年代によって、同じ事象が起きても違う感じ方をすると思うし、やれることも違うと思う。お若い頃から今のような物事の捉え方をしていたのか?それとも、年齢とともに変わっていったのか?」という質問に対して、土谷氏はこう答えました。

「時代によって感じることと年齢によって感じることが相互に影響していると思います。若い時は、往々にして自分の欲望に向かったり、成功を求めたりするけれど、歳を重ねるごとに、"そうは言っても、スティーブ・ジョブズにはならないだろう。でも、ジョブズにならない自分の役割もあるよね"などと気づいていく。その一方、昨日まで信じていたことが一瞬にして崩れ去ったように、平成の30年で日本は大きな変化を経験しました。もっとさかのぼれば、60年代、70年代、80年代、その時代ならではの出来事があって、自分のアンテナがどこに向いていたかは、人によって違うと思います。私の若い時は、感度が悪くて自分中心でしたね。限界を知り、感度が高まらざるを得ないと思いながら、今は"積極的あきらめ的"に生きている感じがします(笑)」

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講座のあとは、恒例の交流会が開かれました。土谷氏のフィールドであるアジア各国を想起させるエスニックな料理を囲んで、参加者たちは和気あいあいと歓談を楽しんでいました。
第2回講座は、「答えを出すよりも、考え続ける」という土谷氏のワークスタイルそのものが、聞く人をインスパイアし、魅了した充実の時間となりました。


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