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【レポート】宇宙進出時代における「食」を考える

未来予測コミュニティ「第4回食の分科会」 2019年3月8日(金)開催

9,17

「未来予測コミュニティ」は、アクアビットの田中栄氏による企業向けレポート「未来予測2018-2030」が提示する未来のシナリオに基づいて新しいビジネスを具体化するための「場」。「食の分科会」はその参加者の中から生まれた分科会で、食をテーマに未来を予測し、オープンイノベーションプラットフォームの構築を目指しています。
2050年に、世界人口が98億人を突破すると言われる中、深刻化が懸念されている問題の一つに「食料不足」があります。食料供給体制の破綻を防ぐには、農業、漁業、畜産、生産管理、食品加工、流通、中食・外食、輸出など、食品に関わるあらゆる産業分野の抜本的な改革が必要です。そこで、それぞれの分野で既存ビジネスの延長だけでなく、企業の「やる気ある人」「他の企業と協業を進めたい人」が思いをぶつけ合い、連携し、新しいビジネスをつくりあげていく場として、この分科会が設定されています。

この日は、アクアビット・田中氏、6次産業化プランナーの中村正明氏の講演に続き、元JAXA(宇宙航空研究開発機構)副本部長の斎藤紀男氏、岡山理科大学工学部バイオ・応用化学科の山本俊政准教授が「宇宙における食」をテーマにそれぞれの立場からお話しいただきました。

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「無限」の可能性を秘めた宇宙食ビジネス

「無限」の可能性を秘めた宇宙食ビジネス

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今世紀に入ってから続々と誕生した宇宙ベンチャーにより、近年、「宇宙ビジネス」が活況を呈しています。例えば、低コストでの商業衛星打ち上げやドラゴン宇宙船の開発で知られるSpaceX社、小型衛星の打ち上げに特化した小型ロケットを開発するRocket Lab社、たった5kgの超小型観測衛星で全世界を観測するPlanet社など、新興企業による新たな宇宙ビジネスの創出・展開は、多くのメディアで取り上げられ注目を集めています。目下、一般の民間人が宇宙へ出かけることは難しいとはいえ、そう遠くない将来に、観光目的で宇宙を訪れる人が増えることは容易に想像できます。

さて、旅行の楽しみのひとつと言えば、「グルメ」です。その意味で、「新時代の宇宙食には、大きなビジネスチャンスが広がっているはずです」と、登場した元JAXA副本部長でスペースゼロワン代表の斎藤紀男氏は力をこめます。
その斎藤紀男氏の講演のテーマは、ずばり『宇宙における食の未来』。緊張をやわらげる目的で、講演は○×形式による宇宙クイズからスタートしました。計4 問です。これを読んでいる皆さんも、ぜひトライしてみてください。

Q.1 土星は水に浮かべることができる。
Q.2 地球の周回軌道上で初めて食事をしたのは、旧ソ連のガガーリン飛行士である。
Q.3 国際宇宙ステーションには、シャワーが設置されている。
Q.4 国際宇宙ステーションでは、尿を処理して飲料水に使用している。

答えは以下です。

A.1 ○(密度が低く、水より軽いため浮く)
A.2 ×(ごく短時間の飛行だったため、食事するゆとりはなかった)
A.3 ×(飛散を防ぐことが技術的に難しく、宇宙飛行士たちは濡れタオルで身体を拭く)
A.4 ○(専用装置で蒸留・精製し、殺菌処理を実施。最後に水質検査を行なって安全とされたものを飲料に使用しているため、問題なく飲める)

クイズ終了後、斎藤氏の話は本題に入りました。前述したように、今のところ宇宙を訪れることができるのは宇宙飛行士のみで、宇宙空間はいわば「プロの世界」です。しかし、いずれ多くの民間人が宇宙へ出かける時代がやってきます。宇宙飛行士はみなプロフェッショナルですからフリーズドライ食のみの食事でも耐えられますが、一般人はそうはいきません。「宇宙でも、地上と同等かそれ以上にクオリティの高い食事の提供が必要になるはず」と斎藤氏。では、宇宙食に必要な条件とはどのようなものでしょうか。斎藤氏は次のように説明します。

「国際宇宙ステーション(ISS)などに長期滞在する宇宙飛行士に供される宇宙食の条件として、健康維持に必要な栄養が摂取でき、高度な衛生性が担保され、限られた調理設備でも美味しく食べることができ、容器を含めて微小重力下でも飛散せず、最低でも6カ月の長期保存に耐えうるものが求められています」

そして、現在利用されている宇宙食の種類として以下の6種類を挙げます。ISSなどに長期滞在する宇宙飛行士たちは、主にこれらを食べていると言います。
【加水食品】──水やお湯を加えることで戻して食べる食品。スープやご飯類、スクランブルエッグ、シュリンプカクテルなどのほか、お茶やジュースなどの粉末飲料も。
【温度安定化食品】──レトルト食品や缶詰など開封してそのまま食べられる食品。ステーキやチキン、ハムなどの肉料理のほか、ツナやイワシなどの魚料理、果物、プリンなどがあります。
【自然形態食品・半乾燥食品】──そのまま食べられる加工食品。ナッツやクッキー、キャンディーなどの菓子類、ドライフルーツやビーフジャーキーなど。
【調味料】──塩、こしょう、ケチャップ、マスタード、マヨネーズなどで、微小重力環境で飛散しないよう液体に。そのほか、チリソース、タバスコ、宇宙日本食の野菜ソースなども。
【生鮮食品】──オレンジやリンゴ、グレープフルーツなどの果物や、キュウリ、プチトマト、玉ねぎなどの生野菜、パン、トルティーヤなど。補給船での補給後、1週間程度が賞味期間。
【放射線照射食品】──放射線を照射して殺菌を行った食品。ビーフステーキなど。

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この後、話は「これからの宇宙食」へ移り、斎藤氏は未来の宇宙食について留意すべきポイントをいくつか挙げました。ポイントのひとつは、「滞在期間」です。

「軌道を周回するだけなら大した時間はかかりませんが、宇宙ステーションに滞在する、あるいは月面などに建設した基地に滞在するとなれば、数カ月から数年というオーダーになることが考えられます。そのときに食事をどうするかは大きな問題です。さらに、将来的に火星を目指すとなった場合、往路だけでも数カ月以上の時間がかかりますし、火星に長期滞在するとなった場合、補給だけでは食料を賄えませんから、『地産地消』の取り組みが重要になるはずです」

また、宇宙では食材や容器などの『リサイクル』も重要だと言います。
「あらかじめ『食エコシステム』を充分に検討して、リサイクルを徹底する必要があるでしょう。完成した宇宙食を地球から持っていくにしても、容器や包装材には再利用できる材料を使う必要があります。また、宇宙で美味しく食べるためには『調理する』という考え方も必要ですが、簡単ではありません。例えば、宇宙船の中では電子レンジは使えません。なぜなら各計測器に影響が出るためです。したがって、何か別の方法で調理する必要があります」

もちろん、食材の現地調達も考慮すべき重要なポイントです。
「地球から食材を持ち込むことはできますが、宇宙船や宇宙ステーションで生産することも考慮する必要があるでしょう。月面や火星に基地ができた場合は、そこで宇宙農場や宇宙養殖を実践して食材の供給源として利用しなければならなくなるはずです」

これらを踏まえ、斎藤氏は次のように講演を締めくくりました。
「一般の人を対象とした宇宙食の開発は、未開拓の分野です。食材の開発と確保だけでなく、食器の形状や材料、食材の輸送方法なども含めたトータルな視点が必要になるので、それぞれの分野で大きなビジネスチャンスが広がっていると感じています。そして、新時代の宇宙食の開発は、地上にもメリットをもたらします。宇宙では資源を無駄遣いできず、リサイクルを徹底する必要がありますから、宇宙空間で培った『宇宙食エコシステム』は、地上への波及効果も大きいはずです」

「農漁」が未来の食を変える

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続いて登場したのは、岡山理科大学工学部バイオ・応用化学科の山本俊政准教授です。
月や火星など他の天体への移住、スペースコロニーでの生活を考えた場合、問題となるのは食料の確保です。食料をすべて地球から持っていくことは難しく、可能であれば、現地で調達することがベター。そのためには、「宇宙農場」や「宇宙養殖」を実現する必要があります。山本准教授は、その「宇宙養殖」につながると期待される「魚の陸上養殖」に取り組む研究者で、2005年にカクレクマノミの大量繁殖に成功し、国内初の海産観賞魚の繁殖センターを設立。独自開発した「好適環境水」を用いた完全閉鎖循環式魚類養殖技術の開発で世界的に注目されている人物です。

山本准教授が開発した「好適環境水」は、海水魚にとって必要最低限の成分を含みながら、淡水魚でも生きていける人工飼育水のこと。これを使えば、砂漠や山中など海水の調達が困難な場所でも魚介類を養殖できるだけでなく、野菜を水耕栽培することも可能になると言います。新たな形での食糧生産を可能にする技術であり、地球の食糧問題はもちろん、宇宙進出時代への備えにもなる画期的な技術です。
では、「好適環境水」はなぜ宇宙養殖に適しているのでしょうか。山本准教授は言います。

「クロマグロの飼育で知られる葛西臨海水族園の水槽の水は、1週間に3分の1は交換します。その水は八丈島沖から調達していて、莫大な費用がかかっています。もし宇宙で魚の養殖を実施する場合、水の確保は大きな課題です。一方、好適環境水は『長持ち』することが特徴で、私が開発した『完全閉鎖循環方式』では最長で18カ月、水の入れ換えが不要になります」

しかも、好適環境水を使って飼育すれば魚は病気にかかりにくくなり、成長が促進されるというから驚きです。
「例えばバナメイエビは、出荷まで4〜5カ月かかることが普通ですが、好適環境水を使えば3カ月で出荷できますし、大きく育ちます。これが何を意味するかというと、養殖で『四毛作』できるということです。現在までに養殖したトラフグやウナギ、紅鮭などを出荷しておりまして、これからマグロの出荷にもチャレンジしていきたいと思っています。まだ20㎏程度のマグロしか育てられていないものの、究極的には300㎏まで育ててマグロを家畜化したいですね。養殖で大事な点は、需要転換効率です。これは、1㎏の肉を取るのに餌が何㎏必要かを表した指標で、例えば牛肉が15㎏、鶏が4㎏なのに対し、トラフグとウナギは1.5㎏、紅鮭に至ってはたった1.s1㎏。魚類は効率が良いことも特徴ですね」

好適環境水を使った完全閉鎖循環方式による魚種の養殖は、地熱や工場排熱、気温などを使って30℃(エビの場合)の熱源さえ確保できれば、世界中どこでも実現できると言います。そこで山本准教授は、電気も水道もなく海水の確保が困難なタイやカンボジアなどで、この技術を応用して実証実験を行っていると言います。

さらに、山本准教授は海水魚と野菜の同時生産技術『アクアポニックス』にも力を入れています。
「私は『農漁者』という生産者の在り方を提案しておりまして、例えば、農閑期に農家がエビを育てて野菜と一緒に出荷するようなスタイルです。好適環境水を使えばそれが可能で、すでに実証実験を行なっていまして、これまでにトマトやスイカを栽培し、非常に甘みのあるものが収穫できました。驚くべきことに、好適環境水で育てたエビを海水に戻すと甘みが急上昇することもわかりました。好適環境水でエビを養殖する場合は稚魚から育てる必要がありますが、この『育てる』という行為は『ハンター』である漁師には難しく、農業従事者が適しています。この『農漁』は未来の食を変えると確信しています」

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そして、話はいよいよ本題へ。山本准教授は宇宙について話します。
「私たちが開発した技術は、宇宙に人類が進出する時代において、宇宙ステーションや火星などでも展開可能な技術だと確信しています。今のところ最大で2年6カ月、換水が不要ですから、スペースコロニーでもどこでも養殖が可能です。養殖に必要な水をロケットで打ち上げて確保することは相当に大変ですから、恐らく月や火星の極地で凍り付いている水を使用することになるでしょう。電気も必要ですが、それはソーラーパネルで対処できるのではないかと。いまNASAがISSに食料を運ぶ際、450gあたり1万ドルのコストがかかっているそうです。そう考えると、他の天体で暮らす場合、食料は自給自足が望ましく、火星の場合は『テラフォーミング(惑星の地球化)』で人為的に環境を変化させる必要があります」

火星には豊富な二酸化炭素が存在します。極地のドライアイスを太陽光で溶かせば温暖化効果で気温が上昇、そこで植物を育てることによって、大気中の二酸化炭素を少しずつ除去して酸素を生産することができます。

「壮大な話になりますが、これらの試みを組み合わせて火星で循環型社会を実現できれば、かつての地球のような美しい循環系による食物連鎖が実現でき、無理のない食糧増産が可能になると思っています。以前の人類は、家畜の糞や人糞の肥料使用から始まる循環型社会に生きていました。それと同じことが、他の天体でやれないはずがありません」

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山本准教授の講演終了後、株式会社カンブライトの井上和馬氏、石井食品株式会社の石井智康氏、日本電気株式会社の岡本克彦氏による自社PRのほか、懇親会が行なわれ、会は盛況のうちに終了しました。


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