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【レポート】大切なのは「どんなキャリアを歩みたいか」ではなく「キャリアを通じて何を成し遂げたいか」

アスリート・デュアルキャリアプログラム
~Program4~ 2020年1月7日(火)開催

4,8

デュアルキャリアやセカンドキャリアを考えるときには「キャリアを通して最終的に何を達成したいのか」という視点が必要です。これはアスリートだけでなくあらゆる職業に言えることですが、一方でそう簡単に持てるものではありません。

「アスリート・デュアルキャリアプログラム」(※)の第4回目では、そのヒントを探るべく、元プロサッカー選手にして、現在はTeach For Japan CEOとして教育事業に力を注いでいる中原健聡氏をお招きし、氏の実体験を通して、アスリートやビジネスパーソンがデュアルキャリアに取り組む上で知っておくべきヒントを紹介していただきました。ファシリテーターは株式会社B-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏が務めました。
※「アスリート・デュアルキャリアプログラム」は、東京都が2013年度より実施する創業支援事業である「インキュベーションHUB推進プロジェクト」のプログラムです。高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。

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「思う通りに生きる」と、実績ゼロでプロになるために渡西

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image_event_200107.002.jpegTeach For Japan CEOの中原健聡氏

「キャリアの語源は"轍(わだち)"と言われています。すなわち、自分がこれまで通ってきた道を振り返ったときにある足跡のようなものです。キャリアを考えていくには、これまでの足跡を振り返って現状を把握しその上で自分はこれからどんな轍を創っていけるのか、判断が必要だと思います」(中原氏、以下同)

こんな言葉から講演をスタートした中原氏。そんな中原氏のキャリアは波乱に満ちた彼にしか描けない轍であるものの、そこからは多くのヒントを得ることができます。例えば中原氏はサッカー大国・スペインでプロサッカー選手となったものの、中学生時代はいわゆる不良少年として過ごし、高校大学時代も無名の選手でした。

「中学生の頃は毎日がつまらなくて、授業をサボったり、友達と深夜徘徊するといった生活を送っていました。しかし、よく僕を叱りながらも親身に接してくれていた先生と話をしたり、当時日本で開催されたワールドカップを見ていく中で、小学生の頃に一度は辞めたサッカーをもう一度やりたいと思うようになり始め、進学するつもりがなかった高校へと進んで再びサッカーをやるようになりました」

「高校時代はサッカーに打ち込み大学にも進学したものの、当時の僕は"好きなことしか真剣にできない"タイプで、大学の講義は体力回復のためにいつも眠っていました(笑)。でもある時、同じ授業に出ていた先輩から『サッカーの試合は講義と同じ90分間だけど、座って人の話を聞く90分間の講義に集中できない奴が、肉体的にも精神的にも消耗しながら集中し続けなくてはならないサッカーの試合で活躍できるはずがない』と言われたんです。その言葉に大きな衝撃を受け、それからは先生のクセを見抜くぐらい、集中して授業に臨むようになりました」

好きなサッカーに打ち込むために、敢えて苦手な勉強にも取り組むようになった中原氏ですが、大学のサッカー部では一度も公式戦に出場できず、「監督に名前を呼ばれたこともなかった」そうです。それでも中原氏は、スペインに渡ってプロを目指す決意をします。「大学で何の実績もない選手が無理だ」と反対に遭いながらも中原氏が断行したのは、次のような考えからでした。

「"スペインに行った自分"と"スペインに行かなかった自分"というのは、他者から見たらどちらも同じです。でも自分はどうやって生きたいか、どちらの自分の方が将来出会う人々に貢献できるだろうか、と考えたとき、自分に嘘をつかずに、思う通りに生きようと考え、スペインに渡ることにしました」

こうした経験から、中原氏は「何か事を成すとき、他に責を求めるのではなく、自分自身と向き合うべき」という、現在にも活きる考えを持てるようになったとも語りました。

image_event_200107.003.jpeg「人生の結果は思い通りにはならないかもしれないが、生き方は思い通りにしかならない」と考え、中原氏は渡西を決意したと言います

「何のためにサッカーをするのか」という問いかけで得た真の目標

アルバイトを掛け持ちして渡航費用を貯めてスペインに渡った中原氏ですが、渡西後もそう簡単に事は運びません。8つのチームに練習参加を断られたり、そのうちのあるチームのオフィス前で4日間に渡って立ち続けることで練習参加を許可されたり、スペイン中のプロクラブに片っ端からメールを送って売り込んだりと、「スペインでプロサッカー選手になる」という目標に向かって行動し続けます。そんな努力の甲斐もあり、4部リーグに所属するあるクラブと契約し、晴れてプロサッカー選手となりました。しかし目標を叶えた直後、チームメイトからのある問いを投げかけられた中原氏は、自らのキャリアについて考えを深めるようになったそうです。

「チームメイトから、『君は何のためにサッカーをしているんだ?』と質問されたんです。僕はそれまでスペインでサッカー選手になるためにサッカーをしていたのですが、彼は『そうではなくて、サッカーを通して何をしたいのか』と言うんです。他のチームメイトはなぜサッカーをやっているのかが明確で、議論や意見交換をしているのですが、僕はそうした考えは持っていませんからその中にも入れない。夢を叶えたはずなのにモヤモヤする日々が続きました」

「最初に僕に問いを投げかけたのはナイジェリア人の選手でした。彼の場合、サッカーで良い成績を収めて兄弟たちに教育の機会を与えることと、黒人の尊厳を向上することが目標だと言っていました。そうした話を聞いていく中で、僕も日本の教育へのアプローチが重要だと感じるようになっていきました。日本は世界トップクラスの教育機会を持ち、そのシステムも素晴らしいかもしれません。しかし様々な調査を見てみると、両親と対話する時間が少なく、自分を孤独だと感じる子どもが多くいる。さらに子どもの自殺率は年々上昇しているんです。本来教育は人を育て、生きる力を育んで行かなくてはならないのに、その現場では真逆のことが起きていたんです。そのことに気付いた僕は、人が育つ場所である学校を変えていこう、そのためにサッカーをしようと決断しました」

そうして中原氏は、2014年のブラジルワールドカップで日本代表に選出されて知名度を獲得すること、日本の学校教育を変えるための仲間と資金を集めることを新たな目標に設定。選手としてのキャリアも徐々にステップアップし、2部リーグのチームに所属するまでになりますが、目標であった日本代表に選ばれることは叶いませんでした。そこで中原氏は次なる決断を下します。サッカー選手を辞め、日本に帰国するのです。

「残念ながら、日本のサッカー選手が影響力を持てるのはワールドカップが開催される年に限られています。そのために僕も2014年のワールドカップ出場を目標にしていたのですが、それが叶わないとなると、次の2018年大会までは時間が空きすぎてしまいベストな手段ではなくなると考え、そこでスッパリとサッカー選手を引退しました。日本に帰国し、学校の先生として働きながら、テストの点数や偏差値だけではなく、子ども自身の特徴が認められる教育づくり、環境づくりを実現する方法を探っていきました」

このように中原氏は、自分にとっての最終的なゴールは何なのか、そのためにすべきことは何なのかを考えることで、自分が進むべきキャリアを見つけていったというのです。

image_event_200107.004.jpeg新陽高校に設立した「探求コース」の教育目標

中原氏は帰国後、「日本の教育を変える」という最終目標実現のために、小学校教員や、経営破綻寸前だった札幌新陽高校の経営改善など、様々な角度から教育へのアプローチを行っていきます。その一環として中原氏は、同高校内に「探求コース」を創設。「苦手なことと向き合う」「自ら成長する意思」という2つのアドミッション・ポリシーの下、子どもたちの可能性を広げ、積極性を持たせるようなカリキュラムを構築していったと言います。

「探求コースの教育目標は"生きたいように生き続ける"です。そのために苦手なものと向き合い、自問自答をしていくことが必要ですし、体験を経験に昇華する力や、他者との協働などについて理解していかないとなりません。そうした人間になっていくために、出会いと原体験、チャレンジできる機会を提供できる学習を設計することを大事にしています」

例えば、何らかの社会課題に対して、その課題の発生要因や現状などについて、多様な情報源にアクセスして学生自身で解釈し、課題解決のアイディアを考えていくという形で授業を進行しているそうです。

「探求コースでは、"意味がない"という概念をなくすことをひとつのテーマとしています。"意味がない"という言葉を使ったことがある人も多いと思いますが、この言葉は、"その人の価値観にとっては意味がない"だけで、往々にして他の誰かにとっては意味があるのです。ですから、このコースでは意味がないという概念をなくすチャレンジをしています」

このように、従来の教育とは異なる意欲的なチャレンジをする一方で、「教育は学校だけでは完結できない」とも言います。そこで氏はTeach For Japanという認定特定非営利活動法人を設立。「すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現を目指す」というビジョンの下、広い視野と高い課題意識を持った教師、そしてチェンジメーカーの育成を実施。教育現場における人材不足解消や労働環境改善、それらを通して、より子どもたちのためになる教育を展開していくことを目指しています。こうした取り組みによって、「生徒や教師、個人個人の人生を最大化し、教室から世界を変えることを掲げている」と語りました。

最後に、デュアルキャリアに臨む上で重要なことについて触れていきました。

「自分の人生を変えるのは、出会いと原体験だと思っています。それらは必ずしもポジティブなものではないかもしれませんが、ハッとする瞬間にしっかりと向き合っていくと自分の視点や視座、視野は変化していきます。さらに、当たり前のことを当たり前のままにしていたら、できないことばかりになってしまうことも知っておくべきでしょう。日本でプロサッカー選手になれなかった僕がスペインでプロになんてなれないだろうという"当たり前"に従っていたら、今ここにいません。周りが言う常識に囚われるのではなく、自分としてどんな生き方をしたいかを考え、自分で責任を取ると覚悟した上で、キャリアを歩んでいくことが重要だと思います」

「死ぬことを"息を引き取る"と表現しますが、人は生まれて来るときにワーッと泣いてたくさん息を吸い、生きている間は息をしながら色々なことを話し、行動し、発信します。そして死ぬ瞬間、自分が起こした事実をすべて引き取るんです。つまり、どういう終わり方、息の引き取り方をしたいかを考えて生きることで、普段の考えや行動を大切にできるのです」

息を引き取る瞬間にこそ、教育の結果が出てくると話した中原氏。氏の言葉に、参加者は皆深く感銘を受けた様子でした。当初は「プロアスリートになること」「プロアスリートとして活躍すること」を目標に掲げていたものの、本当に大切なのは「競技を通じて何をするか」であると気付いたことで、中原氏は多くの子どもたちに影響を与えられる立場になりました。アスリートに限らず、さらにはデュアルやセカンドというカテゴリーに限らず、あらゆる人がキャリアを考える上で、「仕事を通じて何をするか」という観点は、日々を充実させていく上で重要なひとつの要素になると言えます。

この日、中原氏の講演に参加して"ハッと"する経験をしたであろう人々が、これからどのようなキャリアを歩んでいくことになるのか、楽しみです。

image_event_200107.005.jpeg中原氏の強烈なキャリアに、参加者同士の議論も大いに白熱しました


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