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【レポート】人はロジックではなく、「物語」に惹かれる

ミドルシニア世代 "自分スタートアップ" プログラム~Program5~ 2020年2月18日(火)開催

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東京都の創業支援事業「インキュベーションHUB推進プロジェクト」の一環として、2019年12月にスタートした「ミドルシニア世代 "自分スタートアップ"プログラム」は、これからの人生の選択肢に「起業」という可能性を加えたい40代から60代の方を対象とした全5回の講座です。最終回となる第5回は、かつてスターバックスコーヒージャパンの立ち上げ総責任者を務め、現在は立教大学大学院特任教授として教鞭も執る有限会社アイグラム代表取締役の梅本龍夫氏をお招きし、『起業家から事業家へ』と題した講演とワークショップを開催しました。

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21世紀は「物語」の時代

21世紀は「物語」の時代

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起業は目的ではなく第二の「スタート」で、その先に待っているのは未知なる荒野です。行き先も行き方も決めるのは自分であり、言い換えればそれは、自分のビジネスを自分の物語を創りながら成長させていくという新たなエピソードの始まりとも言えます。

起業した人がまず目指すべきは、経営を軌道に乗せて「事業家」へと脱皮することですが、その方法に絶対解は存在しません。『ゼロからイチを作り、飛躍・拡大していく』ことを目指すとき、何を指針とすべきなのでしょうか。梅本氏はその方法論のひとつとして、梅本氏自身が数々のコンサルティング経験の中で編み出した『物語マトリクス理論』を紹介します。

「物語マトリクス理論は、『物語』を軸に、さまざまな手法を組み合わせて、本来なら『偶発的』とも思えるイノベーションの創発を促す仕組みです。​​​社会が複雑化を増していく中では、分析や論理だけで物事を動かすことは難しくなります。ところが、同じようなデータやロジックでも、それをワクワクしたり心ときめかせたりするような『物語』に転換すると、とたんに人々の目が輝きだしたり物事がうまく回り出したりすることがあります。したがって、これからの時代は、ロジックという科学的な方法だけではなく、自分の世界を作り出していく『物語』というフレームワークによって新しいものを創発する必要があるわけです」

実際、古くから人間は『物語』に惹きつけられてきました。例えば、キリスト教の教義も物語、もっと言えば『神話』とともに語り継がれています。梅本氏は、「現代の物語(フィクション)は神話を土台に築かれており、40年以上にわたって人気を保ち続けているSF映画『スター・ウォーズ』シリーズも、神話学者ジョーセフ・キャンベルの神話論をストーリーに取り入れたことが爆発的人気を獲得できた要因と言われています。現在、世界中には多くの『ブランド』がありますが、ブランドも物語とともに継承されており、私はブランドとは、現代の神話だと思っています。神話、言い換えれば物語には、人々を触発する大いなる力が詰まっています」と、力を込めます。
『物語』の重要性について、梅本氏は『物語ではないもの』と比較することでその本質が見えてくるといい、認知心理学者のジェローム・ブルーナーが提唱した「2つのモード」について取り上げました。

「ブルーナーによれば、人間は『科学モード』と『物語モード』の2つでこの世界を認識しています。科学モードには、『ロジックを重視』『予測可能な状況を探る』『エビデンスを積み重ねる』『ひとつの答えを求める』などの特徴があり、物語モードには、『センス(共感)を重視する』『エピソード(小話)を積み重ねる』『対象と共感的・主観的に関わる』などの特徴があります」

どちらのモードが正しいということではなく、双方を両輪として駆動させることで効果がもたらされると言います。
「右肩上がりの成長が望めた20世紀において、企業の経営環境で重視されたのは、ロジックによる問題解決です。要は、前世紀では『科学モード』が必要とされたわけです。一方、不安定な経営環境にさらされる21世紀においては、過去の知識や経験、データに依存するロジックは有効ではありません。求められるのは、『見えないもの』や『未知なるもの』を明らかにする手法で、わずかな予兆を感じ取るセンスをベースとした物語を生成する力です。起業にも同じことがいえ、何か新しいことをやろうとする場合、徹底的に『探索』『探求』して可能性を追い求めることがカギを握ります」

通常、私たちは科学モードを使用して仕事をしたり日常生活を送ったりしています。仕事に限れば、どんな人でも自分の専門性をより『深化』させることを重視していますが、その状態に慣れてしまうと『探索』や『探求』を軽視するようになり、横への広がりが薄れていきます。梅本氏は、「企業が大きくなっていくときに、不足しがちなのが探求や探索です。それでも生き延びていられるのは、専門性が身についているおかげです。だからコストが抑えやすいし利益を出せるし、日々のオペレーションを回すこともできる。けれども、その状態に安住していては、決して新しい展開を実現したり事業を大きくしたりすることはできません」と説明します。
概要の説明後、梅本氏の講義はいよいよ『物語マトリクス理論』の実践へ移ります。

思考のOS、それが「物語マトリクス理論」

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物語マトリクス理論は、物語の力をわかりやすく実践的に『見える化』する手法です。実践編では、梅本氏が用意した下の4象限マトリクスを使用した簡単なエクササイズが行なわれました。

梅本氏は「何かを作り出したり生み出したりしていくときに、このマトリクスは『思考のOS』として活用できます」と言い、品質管理などにおける継続的改善手法として知られる『PDCAサイクル』のように、この4象限をPDCAサイクルのように回していくこと重要だと説明します。見れば、上下と左右それぞれに罫線で区切られた『境』が存在することがわかります。上下は、日常(下)と非日常(上)、左右は、欠落(左)と充足(右)を表しているといい、起承転結の起に当たる左下の『欠落の日常(マイナスの日常)』から時計回りに進んでいきます。それぞれの垣根を、何らかの方法で『越境』することが重要だと梅本氏は説きます。
物語マトリクス理論の各象限についてまとめると、次のようになります。

【起──​自明の世界】
「欠落(-)の日常」を意味し、居心地が悪い状態。しかし、これが普通の状態だと無意識に思っているため、自ら行動を起こさない。「何かがおかしい」と気づいたり「このままではいけない」と問題意識を持ったりして、勇気を奮い起こして行動したときに新しい物語がスタートする。

【承──​混沌の世界】
「欠落(マイナス)の非日常」を意味する。人間が物語に惹かれるのは、経験や知識が通用しない危険に満ちた世界「欠落(マイナス)の非日常」に踏み込むから。映画などで、「この先、どうなってしまうのか?」と心躍らされる部分がまさにここに当たる。ワクワクするような未知の局面に踏み込んだときに想像力が喚起され、創造性が開花する。なぜなら、既知の世界の中に閉じこもっていたときには想定もしなかった新しい可能性に気づくから。しかし、この段階ではまた問題や課題が解決したわけではない。

【転──​創発の世界】
物語の最大の醍醐味は、危機や困難を突破し成果て(宝物)を得る瞬間。混沌とした世界の内側から不思議な力がわき上がり、物語の主人公を前進させる瞬間がここで、このプロセスにおいて物語マトリクス理論は最大の効果を発揮する。この象限に到達すると、新しいビジネスモデルのアイデア(プロトタイプ)、すなわち課題や問題の解決案が次から次に沸いてくる。

【結──​秩序の世界】
創発の世界で生まれたプロトタイプを持続可能なものにするべく、「秩序の世界」という充足した日常に創造の種を持ち帰る段階で、これこそが物語の究極の目的。この段階に達した人は、新しい付加価値を世に広めていくモノやサービスや仕組みを磨きこみ、社会に繁栄をもたらす。

【再び「起」へ】
『結』で生まれた仕組みが、再び『自明の世界(マイナスの日常)』となる。以後、このプロセスがらせん状に続いていく

スターバックスはなぜ成功したのか

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次に、梅本氏はこの4象限を、自ら手掛けたスターバックスコーヒージャパンの立ち上げプロジェクトに当てはめて説明しました。プロジェクトがスタートしたのは1994年のこと。当時、梅本氏はサザビー社(現サザビーリーグ社)の経営企画室長を務めていました。立ち上げに当たり、梅本氏は同じ業態のドトールコーヒーの店舗に足繁く通い、そのビジネスモデルを徹底的に分析・研究したと言います。結論は、「ドトールには決して勝てない」というものでした。このときの梅本氏の状態は、4象限に『起』に当たります。ここで、梅本氏は『越境』します。

「スターバックスの本拠地であるシアトルへの出張が決まったんです。物語の多くがそうであるように、最初の越境は自分の意思というよりも、誰かに背中を押されたり、何かに巻き込まれたりするかたちで実現します。映画でも、主人公が事件に巻き込まれたりすることでストーリーが動き始めますよね。私の場合も、自分の意思で越境したわけではないという意味では同じです。現地の店舗を見学させてもらったときに、『日本の喫茶店とはずいぶん違うな』と驚き、そして感銘を受けたことをはっきり覚えています」

イノベーションの創発では、過去の知見をいかに捨てられるかがカギを握ることが少なくありません。この瞬間、梅本氏にチャンスが到来していたのですが、結果として、梅本氏は「自分は捨てることを拒否してしまった」と述懐します。

「当時、サザビーの若手社員も同行していて、彼らはスターバックスの店舗を見て『これは日本でも流行るのではないか』という印象を抱いていたのですが、私は『そんなはずはない』と決めつけてしまっていたのです。根拠は、『価格』にありました。当時、いろいろな分析をして、『スターバックスは日本では儲けることができない』という結論を導いていたのです。スターバックスの店舗はコストをかけすぎていて、提供するコーヒーの価格もドトールよりはるかに高価格だったからです。ドトールのように、無駄をそぎ落としたオペレーションを実現しなければ、スターバックスは日本では成立しないと思っていました」

その話を、スターバックスのハワード・シュルツCEOの右腕と言われたハワード・ビーハー氏にしたところ、ビーハー氏は「ふざけるな」と烈火のごとく怒ったそうです。ですが、ビーハー氏の説明を聞いても感覚的な部分が多く、梅本氏は彼が怒っている理由がよくわからなかったそうです。このとき、スターバックスとの話は物別れに終わったと言います。後日、梅本氏はサザビーリーグ創業者の鈴木陸三社長にことの顛末を説明したところ、鈴木社長は笑顔で「いや、これがかっこいいんだよ」と、スターバックスのコンセプトを高く評価していたことがわかりました。しかし、鈴木社長もそれをロジックで説明することはできなかったと言います。

「ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』に登場する有名なセリフとして、『考えるな、感じろ』がありますが、鈴木社長が私に言ったことは、まさにそういうことでした。何がかっこよかったかというと、ロゴだったりカップの質感だったり、そういったものすべてです。鈴木社長も、なぜそれがかっこいいかロジックでは説明できませんでした。けれど、何かを感じ取っていたのです。考えてみれば、シアトルに同行していた若手社員も同じことを感じていました。鈴木社長からの一言を受けて、私も納得したというか、センスを感じ取りました。ここで私は4象限マトリクスで言うところに『転』に越境できたのです」

その後、梅本氏は試行錯誤を繰り返しながら、『結』にたどり着きます。
「最後は科学モードで論理を組み立て、ビジネスモデルを構築していきました。当時、アメリカンコーヒーと言えば『薄くてまずいコーヒー』の代名詞的存在でしたが、そのイメージをアメリカで刷新したのがスターバックスです。日本では、喫茶店というと男性が通うところで、しかも喫煙とセットのイメージ。ところがスターバックスのコンセプトを説明すると、日本の女性たちが『いいね』と言ってくれたんです。『高くても買います』と。そこで、女性をターゲットにして、新しいライフスタイルを提案する店にしようと考えました。当時、女性はあまりコーヒーを嗜みませんでしたが、なにしろ総人口の半分は女性です。女性がコーヒーを飲むようになればビジネスとして成立するし、相乗効果で男性からも支持を得られるだろうと思いました。このようにして、アイデアを少しずつ具現化していったのです」

結果、スターバックスは日本市場で大成功を収めました。梅本氏によると、この物語には裏話があります。
「実は、サザビーの鈴木社長からは、『何が何でもこのビジネスを日本で展開しろ』と厳命されていたわけではありませんでした。あのとき『スターバックスは日本では絶対に儲からないから、やめましょう』と私が頑なに反論していたら、おそらく日本のスターバックスは始まっていなかったでしょう。もしかすると、別の会社が立ち上げを手掛けたかもしれませんが、その場合、現在のスターバックスとは全く異なるものになっていたはずです」

そして梅本氏は、次のように述べて、講演を締めくくりました。
「スターバックス立ち上げの最大のポイントは、鈴木社長が『これがかっこいいんだよ』と言ってくれたときに、それまで論理思考の塊だった私が、『確かにそうなのかもしれない』と何かを感じ取ったことです。要は、センスや感覚、非言語的な要素で事業やブランドを捉えたときに、何かが『見えた』のです。ここで『混沌の世界』から『創発の世界』へ越境できたことが、その後の展開をもたらしました。実は、日本市場で築いたスターバックスのビジネスモデルはその後、アジア、中東、ヨーロッパへそのまま輸出されました。そのことは、スターバックス本社のウェブサイトにも記載されています。『越境するかしないか』は、個人の人生だけでなく、社会全体に大きなインパクトを与える可能性を秘めているのです」

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講演終了後、物語マトリクスを用いたエクササイズが行なわれました。テーブルごとにチームを組み、各参加者がそれぞれあたためているアイデアや思い、それを発展させるために必要な『越境』をマトリクスに書き出していきます。最後に、テーブルの代表者がチーム内の他人の物語を発表するという趣向でワークショップは実施されました。

発表に先立ち、本プログラムのファシリテーターを務める塚本恭之氏(ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社 代表取締役)も自身のマトリクスを発表。塚本氏は「最近、ドラムを練習していまして、願わくばジャズドラマーになりたいと思っています。そのための越境として、ニューヨークに渡ってストリートでドラムを披露します。そのうち声がかかって、ジャズクラブに招かれて演奏する、という物語を考えました」と話し、会場を沸かせます。

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参加者からは、「ベトナム人を対象とした日本語スクールを開くために、ベトナムに越境。スクールのビジネスモデルを磨くために、塾や英会話教室に入社して学び、起業後にそのビジネスモデルを参考にしながら事業をスケールさせていく」など、様々なアイデアが発表され、全5回にわたって提供された本プログラムはフィナーレを迎えました。 本プログラムは、エコッツェリア協会が3カ年に渡り展開予定。今後の活動にも期待が高まります。

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