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【レポート】人気ドラマ「対岸の家事」から考える、"見えない労働"との向き合い方

2025年度人事部連絡会第1回 2025年9月25日(木)開催

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大手町・丸の内・有楽町エリア(大丸有エリア)の人事担当者の支援や情報共有の場として、2016年から開催している「人事部連絡会」。この会をきっかけに異業種間各社の取り組みの共有や知識のアップデートにより、このエリアの企業・就業者の満足度向上を図り、このエリアをよりウェルビーイングな地域へと変えていくことを目指す集まりでもあります。

2025年度第1回目のテーマは「"見えない労働"から考える、これからの働き方と人事制度」です。少子高齢化の進行、女性の就業率や共働き世帯の増加に伴って、家事・育児・介護といった外部から見えにくく、無償で過小評価されがちな"見えない労働"のあり方は変化しています。多くの就労者にとって他人事ではないこの問題について考えるために、今回は2025年4月期のTBS火曜ドラマ枠にて放送され、幅広い世代から大きな反響を呼んだ「対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜」を題材に取り上げました。当日は原作者・朱野帰子氏と、演出を担当した竹村謙太郎氏(TBSスパークル株式会社)をゲストに迎え、作品に込めた思いやドラマ撮影の裏話を交えながら、これからの社会が必ず向き合っていかなければならないテーマを掘り下げていきました。

原作「対岸の家事」の詳細は こちら をご覧ください。

ドラマ「対岸の家事~これが私の生きる道!~」の詳細は こちら をご覧ください。

ワーキングマザーの悪戦苦闘がもたらした発見

image_event_20250925.002.jpeg『対岸の家事』の原作者である朱野帰子氏

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「対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜」は、専業主婦の村上詩穂(演:多部未華子)が、自分とは異なる価値観を持った「対岸にいる人たち」と出会い、ぶつかり、助け合いながら、それぞれの生き方、そして家事・育児・介護といった"見えない労働"に向き合っていくドラマです。現代社会が直面しているテーマを扱っていることもあってか、第1話のTVer再生数が500万回を超えるなど大きな注目を集めました。原作を執筆した朱野氏は、このテーマを取り上げた理由を次のように話しました。

「今から15年ほど前、専業主婦になった後輩のところへ遊びに行った時に聞いた話です。後輩は近所の児童館でママ友に何の仕事をしているのかを尋ねられたので『家事と育児です』と答えたところ。『そうではなくて、仕事はなに?』と再度質問されたのです。『今では専業主婦はマイノリティなんですね』と笑いながら話していました。それから数年後に私も出産したのですが、私の場合は産休も育休もほとんど取らず、働きながら育児をしていました。そうして日々を過ごす中で後輩の話を思い出し、専業主婦がいなくなってしまう社会とは、どういうものなんだろうかと考え、この作品が生まれました」(朱野氏)

主人公の詩穂の"対岸の人"として重要な役割を担ったのが、会社員であり2児の母でもある長野礼子(演:江口のりこ)です。もともとは営業部のエースとして活躍していた礼子ですが、2度の産休と育休を経て総務部に異動します。本音では営業部に戻って第一線で活躍したい思いを持ちながらも、仕事と家事・育児を両立する大変さに翻弄され、疲弊していく中で詩穂と出会います。現状に負けたくない気持ちから当初は専業主婦を見下すような思いを持っていた礼子ですが、詩穂との出会いを通じて少しずつ考え方に変化が生じていきます。朱野氏は、そんな礼子の悪戦苦闘を通じて思わぬ発見があったと振り返りました。

「ドラマの放送直前、SNSでは『TBS火曜ドラマ枠は働く女性を描いてきたのに、主婦の話になってショック』『独身には関係ないからこのドラマは見ない』といった意見があり、とても緊張していました。しかし蓋を開けてみると、主婦やワーキングマザーの方だけでなく、結婚も出産もされていない方からもお褒めの声をいただきました。生き方が多様化していく社会の中で、自分は浮いた存在だと感じたり、日々の不安や辛さを誰にもわかってもらえないと感じたりすることは、立場に関係なく多くの人が抱えていることだと思います。中には『生き方が多様化して、自由になればなるほど孤独を感じる』と感想を述べていた方もいました。詩穂や礼子の生き方とは関係なくとも、彼女たちの奮闘ぶりがそうした人々に響いたのは面白いと感じました」(朱野氏)

image_event_20250925.003.jpeg今回は特別に許可をいただき、ドラマの象徴的なシーンを流しながら朱野氏と竹村氏に話を伺っていった

大事に描き出したサポートする側・される側の関係性

image_event_20250925.004.jpegドラマの演出を担当したTBSスパークル株式会社の竹村謙太郎氏

ドラマでは、会社における子育て世代のサポート体制や制度に触れながら、サポートする側の社員が感じる負担や不公平感、サポートされる側の心理的なプレッシャーなども丁寧に描き出しました。竹村氏はその背景を次のように説明します。

「会社には、働きながら育児をしている方だけでなく、独身で時間を自分の為に全て使えると思われている人も何かを抱えて生きている方も当然います。そうした人々に対して、『会社の制度やシステム上ではフォローできないかもしれないけど、個人的なつながりで少しだけですが手伝えますよ』『全体重を掛けられると辛いけれど、片手で支えるくらいならできますよ』と発信することを、ドラマ全体を通して意識し、大事にしました」(竹村氏)

例えば、礼子の同僚である今井尚記(演:松本怜生)は、子どもに合わせて不規則に休暇を取ったり早退をしたりする礼子をサポートしながらも、自身の愛犬が重病を患って落ち込んでしまいます。そんな今井に対して、礼子が「肩を貸してくれてありがとう」「今井くんがしんどい時は、私の肩を貸すよ」と声をかけるシーンがあります。こうした関係性を描くことは、サポートする側・される側の両者をつなぐものになるのではないかと朱野氏は話しました。

「家事・育児と仕事の両立やそのサポート体制に関する議論が始まると、どうしても『誰が社会に貢献しているのか勝負』になってしまいがちで、うまく勝ちに行かないとどんどん自分のリソースが奪われてしまう空気感があります。ドラマ放送中にサイボウズの青野慶久さんとの対談で伺った話ですが、サイボウズではかつて若い独身男性の一部から『子育てしてる人だけ優遇されて僕らに残業が回ってくる』と不満が出たことがあったそうです。しかし、自分も早く帰れる制度がほしいのかと聞いてみると、そうではなく「若いうちは仕事に打ちこみたい」と答えたそうです。それを聞いて、"他の人が優遇されている"という言葉は "自分の頑張りは誰かに見てもらえているのだろうか"という不安から出ているのではないかと思いました。撮影前の顔合わせでは、竹村さんが『ユートピアを描きたい』と言ってくれました。そのとおり、詩穂のようなちょっと気前のいい人が愛されて、その頑張りがちゃんと評価される世界として描いてくださっているなと思いました」(朱野氏)

育児と仕事を両立する社員のサポート体制や制度を構築するうえで、こうした考え方は大いに参考になると言えるでしょう。

詩穂にとってのもう1人の"対岸の人"としてドラマを盛り上げた登場人物に、慣れない育児に奮闘するエリート官僚パパ・中谷達也(演:ディーン・フジオカ)がいます。外資系企業に勤める妻と交代で2年間の育休を取得した中谷は、完璧主義でプライドが高く、育児に対しても綿密な計画を立てて臨みます。しかし、思い通りには進まず、困惑する日々を過ごしていました。朱野氏は「これまでのドラマで、ここまで育児にフルコミットしているお父さんが描かれた例はほとんどなかったのでは」と語る一方で、ドラマを見た人々からの反応に驚いたといいます。

「放送開始後、ドラマと絡めながら夫婦間の家事負担に関する取材を受けました。取材をしてくれたのは私よりも少し上の世代の女性でしたが、『男性は家事をやらない』という固定観念が強く、中谷のような(育休をみずから取得する男性の)存在がないことにされてしまうことを残念に感じました。もちろんその世代の女性たちがそう思ってしまうことは理解できます。ただ、男性女性によらず、上の世代のそうした固定観念が、家事・育児を頑張ろうとしている若い世代の男性たちの足枷になることもある。世代間のコンフリクト(対立)を生むことにもつながるのではないかと感じました」(朱野氏)

性別に関係なく育休を取得する人たちの解像度を、どのように高めていくのか。取得するにあたってどのような悩みや不安を抱えているのか。そうした領域のサポートも今後ますます重要になっていくでしょう。

介護は"見えない労働"の中でも最もシステムや制度に頼るべきもの

image_event_20250925.2.001.jpegこの日は約30名の参加者が集まり、ドラマや原作を知らない人事担当者もいましたがディスカッションは盛り上がりを見せた

家事と育児は、基本的には本人たちが選択するからこそ担うものですが、介護はそうではなく、時にはある日突然向き合わなければならない問題です。ドラマの中では、詩穂のご近所さんである坂上知美(演:田中美佐子)に認知症の兆候が出てきたことから、娘の坂上里美(演:美村里江)が働きながらの介護について考え始める形でこのテーマに触れています。実は原作ではそこまで深く扱われていませんでしたが、ドラマ制作チームは介護や医療についてしっかりと調査を重ねた上で、一話をこのテーマに費やしました。それは介護が「このドラマで取り上げた"見えない労働"の中でも最もシステムや制度に頼るべきもの」(竹村氏)という考えからでした。そして出来上がった脚本を読んだ時、朱野氏は「号泣してしまった」といいます。

「私自身は母親との距離がさほど近くなくて、会うのも2年に1回程度です。険悪というわけではないので介護の必要性が生じたら動くでしょうが、そのテーマでこんなにも泣いてしまうとは思っていませんでした。私には僧侶の友人がいるのですが、彼女が言うには、介護や終末期のお世話をする人たちと話していると『人には善性』と思うことが多いそうです。人はそんなに親を見捨てられないし、私には関係ないと割り切ることもできないのだと。この回を通じて友人の言葉を改めて理解することができました」(朱野氏)

子育てと介護は「思いやりやケアが必要」という点では似ていますが、一方は成長と自立があり喜びも得られます。しかしもう一方は維持が目的で、終わりも見通せず、衰えに対する寂しさや不安が生じるものです。介護離職が社会問題としてある中で、これからの企業には、介護に直面する人々のこうした心理も踏まえたサポートが求められてくるのかもしれません。

朱野氏と竹村氏のトークセッションが終わりの時間を迎えると、いくつかのグループに分かれ、この日取り上げたワーキングマザー、会社の制度や環境、男性育休、介護といったキーワードについて参加者同士でディスカッションを実施しました。自社での事例や参加者自身の体験を交えながら、人事担当者として感じたことや、効果的だと考えられる取り組みについて議論を深めていきました。

あるグループからは「参加者それぞれの会社の制度や環境について話し合いましたが、それぞれ独自の制度やルールについて情報共有したからこそ、完璧な制度はないことを改めて感じられました」という意見が出ました。またワーキングマザーについて話し合った別のグループでは「昔と比べて育休取得者に対するサポートが広まっているからこそ、本当は働きたい女性が男性から気を使われすぎてしまう事例が紹介されました。すれ違いを防ぐためにも、社内でしっかりと話し合うことが必要だと考えさせられました」と、気付きがあったようです。

image_event_20250925.005.jpeg参加者から小説の続編について問われた朱野氏は、「続編についてはわからない」と前置きした上で、「原作を執筆した当時は私の子どもは保育園児でしたが、今では小中学生になっているので、また違った話が考えられる」と語った

こうして、この日の人事部連絡会は盛況のうちに幕を閉じました。

多様性が増す一方で、高齢者人口の増加と就労人口の減少といった課題が深刻化する中、働く場をウェルビーイングなものにする人事担当者の役割は今後ますます重要なものとなっていきます。育児、家事、介護といった社会課題に立ち向かうためには、様々な立場の人々が意見や情報を交換することが、これまで以上に大切になっていくでしょう。人事部連絡会は、こうした時代のニーズに応え、意見や知見を共有するための重要な場であり、今後も人事担当者の皆様の業務を支援することを目指し、様々なテーマで開催していく予定です。自社や大丸有エリアの企業、そこで働く方々がさらに発展していくためにも、今後の回にもぜひご参加ください。

image_event_20250925.006.jpeg講演終了後には、参加者同士の名刺交換も行われた

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