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【レポート】アスリート最大の武器は「好きになってもらう」こと

アスリート・デュアルキャリアプログラム2020 ~Program1~ 2020年10月26日開催

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アスリートは、プレーを通じて見る人に勇気や感動を与え、子どもを始めとした多くの人にとって憧れの対象にもなる存在です。しかしスポーツ界では、頂点を目指すには競技一筋の姿勢が是とされる風潮があり、少なくない数のアスリートが引退後のキャリアを思い描けないまま一線を退く時期を迎え、結果的に第二の人生に苦労を強いられるというケースが見られました。しかしながら、アスリートがスポーツを通じて培った能力は、競技だけではなくビジネス界でも活かせるものです。それを実現していくには、現役時代から、強みや弱み、競技以外のフィールドで成し遂げたいこと、競技を通じてすべきことなど、内なる自分と向き合う機会を設けることが大切になってきます。

そこでエコッツェリア協会では、2019年末から2020年初頭にかけて、東京都の事業「インキュベーションHUB推進プロジェクト」(※)を通じて、多種多様なキャリアを歩む元アスリートの方々をゲストに招き、現役のアスリートや彼らを支援する人、スポーツ産業に関わる人に対してキャリアとの向き合い方をお話いただく「アスリート・デュアルキャリアプログラム」を実施。
総括を含めた全5回の同プログラムは非常に好評を博したこともあり、この度、2020年10月から2021年2月にかけて「アスリート・デュアルキャリアプログラム2020」を開催することとなりました。今回は、ファイナンスやビジネスモデル構築の方法など、昨年度以上に実践的な情報を提供する機会を設けていく予定となっています。

2020年10月26日に開催された第1回目では、元ハンドボール日本代表のキャプテンを務め、現在は当たるんですマーケティング株式会社 取締役、株式会社アーシャルデザイン Chief Branding Officer等、複数の企業で活躍する東俊介氏をお招きし、「アスリートが"アスリート"のキャリアについて考える」というテーマでご講演いただきました。オンラインで行われたこの講座には、現役のアスリートやアスリートを支援する企業の人々、さらにはスポーツをしている中学生など、幅広い層が参加しました。その模様をレポートします。

※「インキュベーションHUB推進プロジェクト」とは、東京都が2013年度より実施する創業支援事業。高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。

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ハンドボールを通じて身につけた"努力する習慣"と"思いやり"

ハンドボールを通じて身につけた"努力する習慣"と"思いやり"

image_event_201026.002.jpegこの日の講師を務めた東俊介氏

元ハンドボール選手で、現役時代に9度の日本一に輝き、日本代表キャプテンとしてプレーした経験を持つ東氏。現在は複数の企業で取締役やアドバイザーを務めつつ、ハンドボールの普及振興活動を行うなど、精力的に「パラレルキャリア」を歩んでいます。ただし、そのキャリアは決して順風満帆ではなかったと言います。

「小学生の頃は運動が苦手で、周囲からは"ウンチ(運動音痴)"とバカにされていましたが、中学進学後、女の子にモテたくて運動部に入ることにしたんです(笑)。ハンドボールは激しいスポーツですが、僕が通っていた中学校のハンドボール部は人気もやる気もあまりなく、練習も週1回だけ。僕のように"運動はしたくないけど運動部に所属したい"という生徒には夢のような部でした。それでも1年生の頃には地元・金沢市の大会で準優勝を果たし、生まれて初めてスポーツで褒められる経験をしたんです。褒められると嬉しくなりますし、楽しくてもっとやりたくなりますよね。この頃からハンドボールが大好きになっていきました」

成功体験をきっかけにハンドボール少年となった東氏は、中学卒業後、石川県内のハンドボール強豪校へと進学。その頃には「将来、日本代表選手となって世界大会に出場すること」を夢に掲げていた東氏は、監督やコーチ、先輩、同級生たちを前にして「日本一の選手になります」と自己紹介で宣言したそうです。まるでスポーツマンガの主人公のようですが、実際にはなかなか練習について行けなかったそうです。理想と現実とのギャップから投げやりになってもおかしくない状況ですが、「人からダメと言われるのが大嫌いだった」東氏は、一念発起して"努力する習慣"を身につけていきます。

「努力する上で意識したのは"+3の法則"です。腹筋をするにも、周囲と同じ回数では追いつけないので、人より3回多くやるんです。そうすれば "3回多くやった分周りに近づいている"と自分を信じられるようになります。"頑張っているふり"で周囲を騙すことは簡単ですが、自分だけは騙すことができません。だからこそ、自分を信じられるように、+3の法則を大切にしていきました」

その結果、めきめきと実力を伸ばし、高校日本代表にも選出されます。しかし、スポーツ推薦で進学した大学は決して強豪校ではなく、今度は逆に東氏自身が周囲に"ダメ出し"をする立場になってしまったそうです。

「チームを強くしたいがために、先輩や監督に向かって"もっと練習してください""監督がハンドボールを勉強しないから弱いんです"と厳しく接していました。しかし、それでチームが強くなることはなく、むしろ部活を辞める人まで出てきてしまいました。当時は、"勝たなきゃ意味がない""俺の言う通りにすれば勝てるのに"と思っていたのですが、ある時お世話になっていた方に"君には相手を思いやるという人間にとって一番大切な気持ちが足りない"と指摘されたんです。思いやりとは、相手の立場に立って物事を考え、自分がされて嫌なことはしないというものです。僕は人からダメと言われるのが大嫌いだったはずなのに、周囲にはダメだと言い続けてしまっていた。本当に思いやりがなかったと深く反省しました」

思いやりの大切さを痛感した東氏は、以降は周囲と上手くコミュニケーションを取りながらプレーして大学時代も活躍を果たし、卒業後は日本ハンドボールリーグに所属する大崎電気工業に進みます。そこでも着々と実力を磨き続け、やがて目標のひとつだった日本代表選手に選出され、キャプテンとして数々の国際大会にも出場しました。

「でも、最大の夢だったオリンピック出場は叶いませんでした。だから"諦めずに頑張れば夢は叶う"なんてことは言いません。だからといって夢を持つことは無駄ではありません。どうすれば夢を現実のものにできるかを考えながらプレーしたから一歩一歩進んでいけましたし、努力する習慣や人を思いやる気持ち、コミュニケーション能力、多くの人との出会いを得ることができました。それらが今、僕の生活の糧になっています」

最大のアドバンテージは「人に好きになってもらう能力」

image_event_201026.003.jpegファシリテーターを務めたB-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏

ハンドボールを通じて様々なものを得たと語る東氏ですが、一方で、「走ったり飛んだり、ボールを捕ったり投げたりする能力は競技以外の社会では求められない」と指摘します。競技力向上のために磨き続けたスキルが社会に通用しない事実は悲劇的なことにも感じられますが、アスリートは他の職種にはない大きなアドバンテージを持っているとも言います。それは「人に好きになってもらう能力」です。

「今後、商品やサービスはどんどんコモディティ化していきます。その中から消費者はどうやって選ぶのかというと、好きな人から買うようになるんです。そう考えると、アスリートは現役時代から多くの人に応援され、好きになってもらうチャンスがあります。それは大きな資産であり、活かしていくべき能力なんです」

もちろん、プレーに集中しているだけではファンを増やすにも限界はありますし、引退後にはその熱はすぐに冷めていきます。そのため、現役時代から応援されるための努力も欠かせません。東氏の場合、次のような取り組みをしていたそうです。

「現役時代、知り合いの経営者の方などが試合会場まで応援しに来てくれたときには、ユニフォームのまま挨拶をして特別感を出していましたし、試合後には彼らの食事の場に顔を出して挨拶をするようにしていました。もちろん、僕はチームの一員ですし、試合後のケアもあるのでわずか数分ほどしかいられませんでしたが、それでも彼らは"試合後なのに来てくれた"、"忙しいのにありがとう"と、すごく喜んでくれて、僕のことを好きになってくれたんです。今振り返ると、そうやって人と接してきたことが人脈形成につながっていたのだと思います」

こうした事例を知ることが、アスリートのデュアルキャリア構築の一歩になると言えるでしょう。最後に東氏は、次のように述べて講演を締めくくりました。

「アスリートは、人間的な伸びしろも、時代的なチャンスも持っている存在だと思います。だからこそ、自分がどう生きていきたいかを考え、できない理由を探すのではなく、やりたいことや、やるべきことに目を向けて行動していく。そうすれば人生は変わると考えています」

「アスリートに足りないもの」と「デュアルキャリアに取り組む意味」

image_event_201026.004.jpegフットサル選手とWebライターという二足のわらじをはく吉林千景氏

続いて、現在トップアスリートとして活躍しながらも、デュアルキャリアを歩んでいくために「アスリートインターン」として3×3Lab Futureに籍を置く2名のアスリートが登壇。試験的にではあるものの、実際にデュアルキャリアに取り組むアスリートは、どのような思いを抱いているのでしょうか。フットサル選手とWebライターという二足のわ sらじを履く吉林千景氏(府中アスレティックFCレディース)は、デュアルキャリアに取り組むことでメンタル的な変化が生じたと話します。

「私は大学を卒業してスペインリーグでプレーしていたのですが、前十字靭帯をケガしてしまい、しばらく何もできない期間がありました。そのときに、同級生が企業に就職して働く様子を見ながら、"この先どうしよう""自分にできる仕事はなんだろう"とすごく考えました。そこで思い当たったのがWebライターです。Webライターならパソコンがあれば活動できますし、勉強してスキルを身に着けられるのではないかと思い、フリーランスとしてキャリアを作っていくことにしました」(吉林氏)

異色の経歴を歩み始めた吉林氏ですが、Webライターとして活動して収入面を安定させていったことで焦りもなくなり、「キャリアに悩んでも自分一人で抱えるのではなく、周囲に相談していけるようになっていった」と言います。その一方で「アスリートとしての経験が社会に結びついていない」と感じるようになり、アスリートインターンに申し込みました。現在は、ライターとしての経験を活かしてWebサイトの運用業務に携わるほか、イベントの運営などの業務にあたっていますが、その中で感じたのは"アスリートの臆病さ"だったそうです。

「改めて社会に出てみて、アスリートをサポートしようという人がたくさんいることに気づきました。ただ、そこに自ら飛び込むアスリートは少ないんです。アスリートは社会に還元していけるものを持っている存在のはずなので、積極的にビジネスの世界に入ってきてもらいたいと思っています」(吉林氏)

また、吉林氏と共にアスリートインターンとして活動しているの、現役Jリーガーの佐々木一輝氏(カターレ富山)の場合、競技以外のことに取り組むようになったからこそ、現役時代に得られるものについて考えるようになったそうです。

「これまでサッカー以外のことに興味を持つことも、学ぶ機会もなかったですし、社交的な性格でもありませんでした。そんな自分が、インターンを通じて半ば強制的に人と関わるようになったのは新しいチャレンジで、とてもいい経験を積めています。東さんが言うように、アスリートは人に好きになってもらえるチャンスがある職業であり、それが最大の武器です。ただ、そのためには現役の間にたくさんの人に会い、引退後のキャリアにつながるヒントを見つけていくことが大切です。そうした活動は、競技人生をより豊かにするものでもあると思っています」(佐々木氏)

吉林氏、佐々木氏が紹介したように、インターンとして社会に関わることは、アスリートにとって多くの気づきを与えるようです。それだけに、アスリートに社会との接点を提供する取り組みを展開していくことは、デュアルキャリア推進の上で重要なポイントとなっていきそうです。

image_event_201026.005.jpeg現役Jリーガーの佐々木一輝氏。この日は富山からオンラインで参加

「強さ」と「好き」はイコールではない

image_event_201026.006.jpegオンラインで行われた今回のプログラム。現役アスリートだけではなく中学生も参加。質疑応答も活発に行われた

講演と事例紹介後、幾つかのグループに分かれてオンライン上でディスカッションを実施。現役のトップアスリートと中学生が対等に言葉を交わす様子なども見られました。その後、感想のシェアや、東氏に対する質疑応答が行われました。ある中学生は東氏に対して、「夢や目標に向かっていくにはどうすればいいのか」という問いを投げかけます。

「まず大切なのは"なりたい自分"だけではなく、"なりたくない自分"も考えた方がいいということです。それによって行動も変わっていきます。また、誰かに好かれるために、自分の意思に反して"嫌いな自分"になってはならないということも重要です。親も、兄弟も、友達も、いつかは離れていきます。でも自分だけはずっと自分と一緒ですから、自分が好きな自分を追い求めていくべきなんです」(東氏)

「例えば僕の場合、これまでの実績や立場もありますから、仮に嘘でも"今、夢に向かって頑張っています"と言えば、多くの人が信じてくれるでしょう。でもそれが嘘だということは、自分にはわかってしまうんです。だから、全力で今を積み重ねて胸を張って生きていき、自分が一番自分を大事にできるようにするというのが、夢や目標に向かっていく上でのひとつのコツだと思っています」(同)

また東氏は、講演の中でも注目のキーワードとして挙げられた「アスリートが持つ好きになってもらう能力」について、次のような持論も述べました。

「実はスポーツにとって、強い弱いというのはあまり価値がないのではないかとも思っています。もちろん"強いから応援する"という人はいますが、それは絶対条件ではないんです。昔、ハルウララという113連敗という記録を作った競走馬がいましたが、負け続けながらも頑張る姿を見せていたからこそ、ハルウララは多くの人に応援してもらっていました。そういった形で好きになってもらうケースもあることを考えると、競技力を高めることは重要ではありますが、"どうしたら好きになってもらえるか"に特化していくことも考えたほうが、人生は幸せになるのではないかという気がしています」(東氏)

かつてアスリートが好きになってもらうには、プレーする姿を見せていくことが最重要でした。しかし今後、新型コロナウイルス感染症などの影響もあり、スポーツ観戦の形や、アスリートとファンの関係性には変化が生じる可能性があります。そのため、アスリートは試合会場以外でもいかにしてファンとの接点を増やすか、他のアスリートとは違った姿を見せていくかということが不可欠になってくるでしょう。そのためには、SNSなどを通じて自らの夢や目標、社会課題に対する思いなどを発信していくことが重要です。
このアスリート・デュアルキャリアプログラムでは、今後も様々な角度から、デュアルキャリア構築の方法や、アスリートがビジネスと向き合っていくためのヒントを提供していく予定です。どうぞご期待ください。

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