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【レポート】アスリートは失敗をさらけ出すことで仲間を増やせる

アスリート・デュアルキャリアプログラム2021 ~Program1~ 7月26日(月)開催

5,8,10

東京都「インキュベーションHUB推進プロジェクト」(※)として2019年からスタートした「アスリート・デュアルキャリアプログラム」。1年目は主に引退後の元アスリートの方々に、現役時代にキャリア形成で取り組んでいたことや、引退後に活きたアスリート時代の経験などを伺いました。2年目は「創業」をテーマにビジネス界で活躍する人々を講師として迎え、やりたいことを形にするヒントを探っていきました。3カ年プロジェクトの最終年度である今年は、実際にデュアルキャリアを歩むアスリートや、アスリートのキャリア形成に関わるクラブや組織の関係者をお招きし、これまで以上に踏み込んでアスリートのデュアルキャリアの在り方について考えていくことを目指しています。

2021年7月26日に開催された第1回目では、現役の女子サッカー選手である下山田志帆氏(株式会社Rebolt共同代表、スフィーダ世田谷FC所属)と、元女子サッカー選手である内山穂南氏(株式会社Rebolt共同代表)のお二人を講師として迎えました。「社会に新しい風を吹き込むアスリート起業家」というテーマでご講演いただいたこの日の模様をレポートします。
※東京都「インキュベーションHUB推進プロジェクト」とは、東京都が2013年度より実施する創業支援事業。高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。

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ビジネスの知識がほとんどなかった二人が起業した理由

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image_event_210726.002.jpeg画像左:2年前まではドイツでプレーし、現在はなでしこリーグ1部のスフィーダ世田谷FCに所属する現役アスリートの下山田志帆氏。この日はリモートでの参加となった

画像右:大学卒業後にイタリアへ渡って活躍した内山穂南氏。現在は競技生活からは退き、Reboltの共同代表を始め幅広く活動を行っている

下山田氏と内山氏は小学生の頃にサッカーを通じて知り合い、高校時代には同じ学校、同じサッカー部に所属していた間柄ですが、「めちゃくちゃ仲がいいわけではなく、いい意味で距離感を保てる関係」(下山田氏)だと言います。そんな二人は、今でこそジェンダーの固定観念を超えるという信念に基づいて活動していますが、かつては互いにキャリアについて大いに悩んでいたと述懐します。

「大学卒業後にイタリアに渡ってサッカーをしていましたが、怪我などもあって2シーズン目の途中で帰国しました。サッカーがなくなる人生なんて考えられなかったので、この先どうなるか怖さはありましたが、それでもサッカーで学んできたことを活かしたいという気持ちがあったので、スポーツビジネスに関わる人に会いに行ったり、過去のアスリート・デュアルキャリアプログラムに参加したりもしていました。当時はすごくもがいて、メンタル的にもキツかった思い出があります。今日この場に参加するに当たって当時のノートを見返したのですが、びっしりとメモが書かれていて『本当にキャリアに悩んでいたんだな』と感じました(笑)」(内山氏)

「私は2019年の5月までドイツでプロとしてプレーしていました。ドイツではすごく楽しくプレーできていましたが、一方でサッカーをしているとき以外は死ぬほど暇だったんです。Netflixを見たりYouTubeを見て時間をつぶしていましたが、『これって将来何かの役に立つのかな?』と不安になることもありました。加えて、私は慶應義塾大学を卒業しているのですが、大手企業に就職している同期たちはお金があって、美味しいご飯を食べたりいいホテルに泊まったりしている。そんな様子を見て自分との差を感じていましたし、プロサッカー選手という職業に自信を持てなくなっていた時期でもありました」(下山田氏)

そんな"モヤモヤ"を晴らすためにアスリートを集めた座談会を開催するなどの行動を起こしていったところ、「助けてくれたり、応援してくれる人がたくさんいることがわかりましたし、自分たちが本当にやりたいことが見えてきました」(内山氏)

二人は、2019年5月、スポーツやジェンダーにまつわる取り組みをするためにReboltを創設します。当初は起業や経営に関する知識をほとんど持っていなかったものの、「アスリートとして行動するにあたって覚悟を見せないといけないと思った」(同)ことが起業の一因でもあったと言います。それと同時に、下山田氏も内山氏も「互いの存在が大きかった」と口にしました。

「これまでは進路を選択する際にはメリットとリスクを天秤にかけて考えていましたが、起業のときには初めてリスクのことを考えませんでした。それは内山がいたからかもしれません。一人ではできなかった気はしています」(下山田氏)

「私は下山田の悪いところをたくさん知っていますが、それ以上にリスペクトしていますし、自信を持って尊敬できる人だと言えます。仲が良いだけではない関係だからこそ、今も続いているんだと心から思っています」(内山氏)

下山田氏と内山氏のように、目指すべき方向性が同じなだけではなく、"いい意味で距離感を保てる関係"というのは、良きビジネスパートナーの必要条件と言えるのかもしれません。

「ジェンダーのアタリマエを超えていく」ことを目指すRebolt

Reboltのビジョンは「ジェンダーのアタリマエを超えていく」というもの。このビジョンを掲げることになったのは、下山田氏と内山氏、それぞれの原体験が関係していると言います。

「女性として生を受けてからこれまで『女の子なんだから』『女性らしくしなさい』と言われてきましたし、サッカー選手として活動する中でも"女子サッカー選手らしさ"が求められてきました。こうした女性らしさや男性らしさが求められる傾向が色濃く残る社会であるが故に、男女間で差が生まれてしまっていますし、既存の性別に当てはまらない人たちが息苦しさを覚えているんだと思っています。そんな"ジェンダーのアタリマエ"を超え、誰もが自分にあった選択肢を選べる社会にしたいという思いからReboltを立ち上げました」(下山田氏)

起業後にまず手掛けたのは2週間ほどで消えるタトゥーシールの開発でした。日本では否定的な見られ方をされるタトゥーを推進することが「アタリマエを超える」というテーマにつながるのではないかという思いから始めたものであり、実際にタトゥーシールを製造する企業とコラボレーションしてオリジナル製品を作り上げたものの、広報が上手くいかずに失敗してしまったそうです。この時のことを下山田氏は次のように振り返ります。

「タトゥーシールの失敗の原因は私たちの力不足でしたが、そもそもタトゥーは『自分がやりたいから入れる』ものです。そういったものよりも、誰かの悩みを解決したり、誰かが必要に思っているものを作ったほうがいいだろうということに気づくことができました」(下山田氏)

そうして出来上がったのが吸収型ボクサーパンツ「OPT」です。従来女性アスリートは生理の際に生理用品を身に着けたままトレーニングや試合に臨んでいましたが、蒸れる、ずれる、漏れる、臭うなど、幾つもの悩みを抱えていました。また、フェミニンなデザインが多い生理用品を忌避したいという女性アスリートも少なくありませんでした。こうした声は両氏の周辺だけではなく、実際に554人もの女性アスリートにアンケートを取ったところ、実に97%(537人)が、生理用品使用時に何らかの課題や不満を抱えていたことが明らかになったそうです。

「私たち自身が『こんなパンツがあればいいな』と思ったところからスタートしていますが、このOPTは色々な人に新しい選択肢を提供するものだと思っています。そのため、『365日24時間挑戦し続けるあなたに新たな選択肢を』というブランドコンセプトを設定しています」(内山氏)

image_event_210726.003.jpeg画像左:554人の女性アスリートに行ったアンケート。ほぼすべての女性アスリートが生理用品使用時に何らかの困難を抱えていることがわかります
画像右:「かわいすぎないではなくかっこいい」を目指したデザイン

速乾性や吸水性、伸縮性に優れている点や、従来の生理用品とは一線を画したかっこよさを追求したデザイン、外からはクロッチ部分が見えない設計、体格の違いや、日頃メンズ用のボクサーパンツを履いている女性アスリートでもサイズに困らないようにするためにフリーサイズにするなど、OPTには複数の特徴があります。実際に着用したアスリートからも「生理用品を付け替える手間や、生理日の荷物のかさばりが軽減された」「ナプキンは物理的に不快で、タンポンは気持ち的に無理だし、従来の吸水型パンツも女性的なデザインが多くて買いづらかったが、OPTなら生理中でもボクサーパンツを履けて心がラクになった」といった声が聞かれたそうです。

OPTの制作にはクラウドファンディングが活用されています。クラウドファンディングが行われたのは2021年4月5日から5月17日までの約1ヶ月間。当初の目標金額は100万円でしたが、最終的には798人から617万4500円もの支援を獲得。それだけ多くの女性アスリートが待ち望んでいた製品だったとも言えますが、内訳を見てみると幅広いバックグラウンドを持った人々から支持を受けていたことが分かったといいます。

「建設業のように男性が多い職場で働いている方や、看護師のように自分のタイミングでトイレに行きづらい職種の方、トランスジェンダーの男性からも支援をいただきました。私たちの出発点は"アスリートの悩み"でしたが、発信していくことでアスリート以外の方にも共感していただき、仲間になってもらえるんだということに気付かされました」(下山田氏)

このようにアスリートのみならず多くの人々の課題を解決する製品となったOPTですが、現在でも試行錯誤が続いていると言います。

「クラウドファンディングで798名もの方々に支援いただけたことは良かった反面、これからOPTをどうしていきたいのかという部分を見直すための気づきも得ました。そこでいまはReboltとしてこのプロダクトの方向性をはっきりとさせるために試行錯誤を続けている状況です」(内山氏)

image_event_210726.004.jpegこの日は実際にOPTを持参いただき、手に取りながら製品を紹介いただきました

失敗をさらけ出せるのもアスリートの強み

image_event_210726.005.jpeg講演終了後には集合写真も撮影。写真左はこの日ファシリテーターを務めたエコッツェリア協会 プロデューサーの田口真司と、同じくファシリテーターを務めたB-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏(写真左から二人目)

二人の講演が終了を迎えたところで、参加者を複数のグループに分けてディスカッションを実施。その後、感想のシェアが行われました。今回は男性の受講者も多く、彼らからは「女性の身体のことを知る機会はなかなかないのですごく勉強になった」「OPTを通じて、女性の生理の問題について話し合える社会にしていきたい」といった意見や、「自分自身アスリートとして活動しているが、現役のうちから行動に移す姿に刺激をもらった」といった声が挙がりました。また、この日のファシリテーターを務めたエコッツェリア協会の田口真司は次のような感想を述べました。

「アスリートからするとビジネス業界はまったく違う畑の話に聞こえるかもしれませんし、『自分にはできない』と思われるかもしれませんが、Reboltのお二人のように、信頼できる仲間を見つけ、思ったことは発信し、行動するといったように、できることはあると思います。当然すべてがうまくいくわけではありませんし、ときにはマイナスの方が大きいこともあるでしょう。ただ、マイナスな状態の時というのは、その後飛び立つためにバネが縮んでいる状態でもあるので、そこで諦めないことが重要なんだというヒントをもえらたのではないでしょうか」(田口)

Reboltのお二人も次のように講演の感想を述べました。

「よくアスリートの方から『現役時代にどんなことをやっておけばいいですか』と聞かれるのですが、辞めたくないのにサッカーを辞めた立場ということもあり、正直なところそういった点に関しても整理しきれているとは言えませんし、今なお答えを探しているところです。ただ、いろんなところにアンテナを張り続けて、いろんな人に会い、いい意味で人懐っこく接して来た点は良かったなと思います」(内山氏)

「今回お話をさせていただくにあたって『成功の話だけではなく失敗の話もしてもらいたい』と言っていただいたのですが、それはとても嬉しい言葉でした。これまでも講演をしたりメディアに取り上げていただたりしましたが、ついついカッコつけて話をしてしまって自己嫌悪に陥ることもあったんです。でも実際には、今日話したようにたくさん失敗をしてきているんです。今日は素のままの話をさせていただく場を作ってもらい、本当にありがたかったです」(下山田氏)

「今日お見せした年表を作っているとき、失敗をした時期があったからこそ応援してもらえているんだなと改めて感じました。というのも、現役アスリートが失敗をしている姿を見ると、『アスリートでもそんな一面があるんだ』と感じてもらえ、いい意味で距離感が縮まるみたいなんです。どうしても『カッコいいところを見せなければ』『いい結果を出さなければ』と思ってしまうところはありますが、失敗も含めての自分であり、人生であると思ってもいるので、そういった部分もオープンにしていくと、興味を持ってもらえる機会が増えるのではないかと思っています」(同)

アスリートは常にヒーロー・ヒロイン視され、結果を出すことが求められる存在です。しかし世の中に完璧な人間は存在しませんし、当然ながらアスリートも失敗をします。その時にどう振る舞うか、そして失敗を隠さず自分をさらけ出すと同時に、失敗を通じて得たものを世の中に発信していけるかが、応援してくれる人を増やすためのポイントになるのかもしれません。こうした姿を多くの人に見せられるのはアスリートの難しい点であると同時に、他の業種にはない大きなメリットだということが下山田氏と内山氏の話から見えてきました。

この日の講座のように、アスリート・デュアルキャリアプログラムではアスリートだからこそ持つ強みや弱み、それらを活かすためのヒントを探っていきます。アスリートはもちろん、ビジネスに携わる人々にとってもたくさんのヒントを発信していく予定ですので、今後もご期待ください。

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