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【レポート】多様性と交流が生み出す選手の価値とは ― 水戸ホーリーホックの挑戦

アスリート・デュアルキャリアプログラム2021 ~Program2~ 9月7日(火)開催

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2019年から3カ年プロジェクトとしてスタートした「アスリート・デュアルキャリアプログラム(※)」。最終年度となる今年は、実際にデュアルキャリアを歩むアスリートや、アスリートのキャリア形成をサポートする立場の方々をお招きし、アスリートやスポーツ組織がデュアルキャリアに取り組む意義について、これまで以上に具体的に考えていく年と位置付けています。

2021年9月7日に開催されたプログラム第2回の講師をお願いしたのは、サッカーのJリーグ2部(J2)に所属する水戸ホーリーホック取締役兼ジェネラルマネージャー(GM)を務める西村卓朗氏です。講演のテーマは「プロスポーツチームが担うべき新しい役割と責任」というもの。水戸ホーリーホックの取り組み事例を紹介いただきながら、プロスポーツチームが個々のアスリートのキャリアを考える意義、プロスポーツチームとアスリートと社会の関係性、スポーツやアスリートが持つ可能性について考えるヒントをいただきました。

※アスリート・デュアルキャリアプログラムは、東京都が2013年度より実施する創業支援事業である東京都インキュベーションHUB推進プロジェクトとして2019年からスタートしたものです。東京都インキュベーションHUB推進プロジェクトは、高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。

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競技以外の部分にも注力する水戸ホーリーホックの選手教育プログラム

競技以外の部分にも注力する水戸ホーリーホックの選手教育プログラム

image_event_210907.002.jpeg水戸ホーリーホック取締役兼GMの西村卓朗氏。この日はリモートでの参加となった

西村氏は自身もプロアスリートとしてJリーグや海外のリーグで活躍した経験を持つ人物で、2011年の現役引退後はJリーグクラブのスクールコーチや社会人サッカークラブでの指導者を経て、2016年から水戸ホーリーホックに加入。チーム編成などを手掛ける強化部長、GMの職を歴任し、2021年からは取締役も兼務しています。そんな西村氏がまず紹介したのは、2018年から水戸ホーリーホックが取り組む「MAKE VALUE PROJECT(以下、MVP)」というユニークな選手教育プログラムについてです。これは「プロアスリートとしての価値向上及び人間的成長をサポートし、社会に貢献する人材の育成を目的にしたプログラム」です。同プログラムをスタートした背景について西村氏は次のように説明しました。

「Jリーグでは新人研修の時に"価値を高める"ことの重要性を強く説かれます。高めるべき価値とは、アスリート自身、所属クラブ、リーグ、あるいは業界や産業も含めたものです。ただしその価値を決めるのは自分たちではなく周囲の人々であり、その人たちから理解を得るには彼らの日常や価値観、使命感を知らなくてはなりません。その上で選手たちには『自分は何のためにサッカーをするのか?』ということを問いかけ続けています」(西村氏、以下同)

西村氏によると、アスリートの価値は(1)Player VALUE、(2)Market VALUE、(3)Story VALUEの3つに分類できるといいます。

「(1)は競技者としての価値のことで、どれだけ勝利に貢献できるか、そのためにどのようなスキルやフィジカルを持っているかという点です。(2)は市場および社会からの評価を意味していて、発信力や集客力があり、その選手がいることでどれだけマーケットに働きかけられるかという価値です。そして我々が大事にしているのが(3)で、『あなたならでは』の文脈的価値を持ち、どれだけ共感を生み出せるか、というものです。選手個人の生い立ちやキャラクター、想い、ビジョンなどが関係しています」

サッカーを通じて関わるものの価値を高め、自らの行動原理を明確にしていくために、水戸ホーリーホックでは選手との「1on1面談」、外部講師や関係企業と連動した「集合研修」、それらを通じて出てきたキーワードを行動に落とし込む「目標設定」を実施しています。それだけではなく、MISSION(使命感)・VISION(ありたい未来の姿)・VALUE(日々の行動指針)も策定。このMISSION・VISION・VALUE(MVV)は一般企業においても重要で、多くの経営者が日常的に意識しているものですが、プロアスリートも個人事業主にして経営者であることから、選手はもちろん、監督やスタッフにもMVVの策定を課すことで、ひとりひとりの軸や信念を生み出せることに期待していると西村氏は話しました。

image_event_210907.003.jpeg左:MVPの取り組み概要。
1on1面談、ゲストを招いての講演や関係企業との集合研修、目標設定を通じてMVVを策定していく
右:実際に選手が策定したMVVの例

このように水戸ホーリーホックでは、競技以外の部分にも力を注いで選手教育プログラムを展開しています。これはクラブや西村氏が「サッカー選手としての専門スキル・知識は他分野には応用が困難」と定義し、だからこそ選手たちには「1人の人間として、1人の社会人として必要となる汎用的なスキル(人間力)を身に付けてもらいたい」と考えているからです。これには西村氏自身の体験も影響しています。

「私が引退する際、周囲の人々から『スポーツの世界で頑張ってきたことは他の分野にも活きるから』とよく言われていました。確かにプロとして11年、それ以前も含めれば24年間の現役生活を通じてボールを蹴る技術や止める技術は身に付けましたし、戦術的なことも理解できるようになって、サッカー選手として積み上げてきたものには自信がありました。でもそれ以外にはどんなスキルが身に付いているのか、自分でもさっぱりわからなかったんです」

わかりやすいものでいうと、経済産業省が掲げる、社会人の定義として、「社会人基礎力」というものがあります。
1人の人間・社会人としての汎用的なスキルとは、前に踏み出す力(主体性、働きかけ力、実行力)、考え抜く力(課題発見力、計画力、創造力)、チームで働く力(発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール力)といったものなどです。実はこれらはプロアスリートであれば身に付けているものであるとも言います。

「例えば怪我が多い選手の場合、どのようにリハビリを計画して復帰までの道筋を描くのか、どのようなケアをしてその後の怪我を減らすのかなどを考えるので、考え抜く力が間違いなく身に付きます。また色々なクラブを渡り歩いている選手の場合は前に踏み出す力が強いはずです。しかし、これらの能力を客観的に理解する機会がなかなかないので、水戸ホーリーホックでは教育プログラムを通じて選手たちに伝えたいと考えています」

image_event_210907.004.jpegMVPを通じて選手たちの「ポータブルスキル(社会人基礎力)」と「スタンス(ミッション、ビジョン、バリュー)」を伸ばしていきたいという

アスリートが抱く3つの課題と希少な強み

水戸ホーリーホックが取り組むMVPは、「アスリートとしての専門スキルは他分野に応用しにくい」を含めたアスリートが持つ課題を克服するためのものです。そもそもアスリートが抱える課題を西村氏は次の3つに大別します。

1. 競技中心の限定的な人間関係のため、価値観やスタンスが偏りがち
2. 常に他者と相対的な勝負を繰り返す環境のため、絶対的な自分を確立しづらい
3. 多くの競技者が「好き」「得意」という理由で競技を始めるため「上達」「勝利」「継続」が目的化しがち

各課題に共通するのは、「競技ひとつに集中するが故に他のことに関する機会が少なくなっている」ということです。そこで水戸ホーリーホックでは「多様性と交流」というキーワードの下、前述のMVPを通じて外部の人々の知見や価値観を選手たちにインプットする機会を提供しています。加えて、個々の選手たちの内面を深堀りすることで彼らの価値観や視野を広げるために、「自分の大切にしている価値観やこだわりを特定し、それを形作った原体験を自覚・共有する」「様々な人の日常・価値観・使命感に触れて個人のMVVを形成し、自分の内発的動機に働きかける」「"なぜ"を問い続けることによって、一人称で完結しない、社会、他者に貢献したいと思う目的を見つける」という3つの試みも行っています。

「例えば1つ目の『原体験の自覚・共有』について、森勇人(※)という選手は、6歳の頃にお父さんから『リフティングが10回できたらプレゼントを買ってあげる』と言われたことをきっかけに練習を頑張り、実際にリフティングが10回できるようになった結果お父さんがとても喜んでくれた姿を見て『誰かに喜んでもらうことが自分の喜びにつながる』と気づいたと話してくれました。このように個人を深堀りすることで選手自身の価値観や考え方が広がると同時に軸や信念が見つかりますし、人となりを周囲に理解してもらえるのでチームビルディングにもつながります」
※森勇人選手は2021年12月13日開催予定の当プログラム第4回にご登壇いただく予定です。

個人の想いや目的の明確化を進める上で西村氏が気をつけているのが「何のためにサッカーをしているのか?」を問い続けることです。またこの問いかけに対しては、「日本代表になるため」「海外でプレーするため」「お金持ちになるため」といったサッカー選手としての答えだけではなく、それらを通じて人として何を成し遂げたいのか考えることを求めているとも話しました。

アスリートにはこうした課題が多い反面、他にはない強みもあります。西村氏が挙げた代表例は「希少価値」で、それは2021年度の東京大学の入学者数が約3000人であることに対し、2021シーズンにJリーグ全57クラブに新加入した選手が149人であることからも明らかです。希少価値が高ければ高いほど社会への影響力も持ちますが、同時に、既に一つの分野を極めているが故により稀有なスペシャリストになるためのアドバンテージを持っているとも言うことができます。このことについて、西村氏は「1万時間の法則」と「キャリアの大三角形」という言葉を紹介しました。

「何らかのスペシャリストになるためには1万時間の練習が必要という考え方が『1万時間の法則』です。1日3時間の練習を10年間に渡って行うことで1万時間になりますが、これはプロアスリートであれば例外なく到達しています。教育改革実践家の藤原和博さんはこの法則をベースに『キャリアの大三角形』というものを唱えられています。20代の間の1万時間をかけて左足の軸(1つ目の専門性)を、30代の1万時間をかけて右足の軸(別の専門性)をつくります。そして40代から50代の1万時間で三角形の頂点(さらに別の専門性)をつくるための努力をすることで、『100万人に1人の存在になれる』という考え方です。プロアスリートの場合、20代前半の段階でひとつめの1万時間はクリアしていることが多いので、2つ目の専門性を育んでいきやすいでしょう」

「2つ目の専門性に何を選ぶかは人それぞれですが、自分が価値を感じるものや興味がそそられるもの、情熱を燃やすことのできるものにすべきだと思いますし、それを見つけてもらうためにも、水戸ホーリーホックではMVPの取り組みを通じてサッカー以外の領域にも目を向けてもらうよう努めています」

アスリートとして鍛えた専門スキルは他分野への応用は難しいものの、だからといって無価値になるわけではありません。身につけた専門スキルをベースに、そこからどのようなキャリアを描いていくかを考えるが大事になると言えるのでしょう。最後に西村氏は、プロアスリートを抱えるクラブの役割について次のように語りました。

「アスリートは研ぎ澄まされた状態で自分と向き合いながら日々を過ごし、試合となれば相手とも戦っていかなければなりません。そんなアスリートと毎日関わる我々の役割は、アスリートに『なぜ自分は競技をやるのか』を自覚してもらうことと、確信を持って毎日を過ごしてもらうことだと思っています。そのために日々ストロークを打ってあげ、迷ったときには一緒に考える。それがクラブの役割と責任であり、私自身が使命感を持って取り組んでいるところです」

image_event_210907.005.jpegキャリアの大三角形をつくる上で、20代の段階で多くのアスリートが最初の1万時間をクリアしているのは大きなアドバンテージになると西村氏

他者との交流を通じてアスリートの視点を外すことが大事になる

image_event_210907.006.jpeg左:この日のファシリテーターを務めたB-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏
右:同じくファシリテーターを務めたエコッツェリア協会の田口真司

講演の後は質疑応答へと移ります。参加者や、ファシリテーターを務めた田口真司(エコッツェリア協会)、B-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏から次のような質問がなされました。

Q. アスリートなら一度はMISSION、VISION、VALUEを考えますが、なかなか答えが見つからないものでもあると思います。どうすれば見つけられるのでしょうか。(参加者)

A. 大切なのは問いかけ続けていくことです。水戸ホーリーホックの選手たちもすぐに答えが出せているわけではありませんが、1on1面談の際に選手たちの過去の体験などを聞いていきます。そうやって第三者を相手に話をすることで、「実はあの時の失敗が大きな糧になっているんだ」「あのピンチを乗り越えられたことが自信になっているんだ」と気づけるんです。

我々の場合は原体験を特定する形で問いかけをしています。多くの場合、人や出来事、あるいは本や映画、動画などから影響を受けていることが多いのですが、人に話すことで原体験を言語化し、アウトプットする。それを繰り返すことでMVVを明確化していけると思います。

Q. 私も学生時代にラグビーをやっていましたが、プロを目指していたわけではありませんでした。トップアスリートと比べると熱量は低かったと言えるかもしれませんが、現実的にはそれくらいの思いでスポーツをやっている人の方が多いのではないかと思っています。西村さんとしては、そうした人も含めてアスリートと定義しているのでしょうか?(参加者)

A. すごく難しい質問ですが、私の中ではスポーツをする人を「アスリート」「プレイヤー」「エンジョイ」という3つの段階で整理をしています。アスリートを定義すると「競い合い続けてきた人」と言えます。競い合うことで身につくことはありますが、それがすべてになってしまうと世界が偏ってしまいますし、勝利至上主義に近づいていってしまいます。そのため、アスリートはプレイヤーやエンジョイの層の人々と交流して、「こんな風にスポーツをやるんだ」「こうやってスポーツを観るんだ」というように、アスリートの視点を外すことが大事になってくるでしょう。

また、スポーツで培った能力や人間性などが学校やビジネスの局面で活きるような世界観を作っていきたいという想いもあります。実際、小学生や中学生の頃までしかスポーツをやっていなくてもスポーツで得た経験が活きたという超優秀なビジネスパーソンもいますし、そういう人が増えれば子どもにスポーツをやらせてみようと考える方が増えるのではないかと思っています。

Q. アスリートは常に勝負をして勝ちを目指していますが、スポーツ以外の日常では勝ってばかりいることはできませんし、むしろ負ける経験がその後の人生を豊かにすることもあります。特にトップアスリートであるほどその壁は大きく、絶対的な自分を確立することが難しいのではないかと思いますが、いかがでしょうか? (田口)

A. やはり過去の失敗にフォーカスすることはすごく大事だと思います。じっくりと話を聞き、上手くいかなかったことがその後何に活きているのかを考える機会をつくらないと過去の体験は肯定されないですし、そうやって受け入れていくことが自信につながるんだと思います。

Q. 2018年にMVPをスタートしてからの4年間で、選手たちにはどのような変化が生まれたのでしょうか。(槇島氏)

A. MVVの策定などを経験したこともあってか、記者の方たちから「選手のコメントが変わった」とよく言われます。そういった変化はありますが、一方で選手教育プログラムを短期的な視点で見ないことが大事だとも考えています。かつてJリーグには、選手のインターンシップや就業支援を行う「Jリーグキャリアサポートセンター」という組織がありました。私もお世話になっていましたし、そこで多くの人に出会ったことが今に活きています。ただJリーグキャリアサポートセンターは収益を生まない事業と言われ、2011年で廃止されてしまったのです。しかし人材育成は短期的なものではないはずですし、かつてそこを活用していた人が40代50代になった今とてもおもしろい仕掛けをするようになっているんです。この事実を鑑みると、やはり種まきの時間が必要なんだと思っています。ただし組織としては、取り組みを続ける意義や意味を見せるために変化を示すことも重要だと言えます。

このように質疑応答も大いに盛り上がりを見せたことからも、西村氏の話や水戸ホーリーホックの取り組みが参加者にとって大いに刺激になったことが伺えました。最後にファシリテーターの田口は次のような言葉で振り返りを行いました。

「勝利至上主義というキーワードが出てきましたが、ビジネス界においても利益至上主義や効率化が叫ばれる時代がありましたが、SDGsへの取り組みが浸透し始めているように、経済性だけではなく社会性を問うていこうという流れが生まれてきています。そのような観点から見ると、アスリートの方々は、当然トップを目指していくわけではありますが、それと同時になぜ自分がその競技をするのか、自分が競技をすることで周囲にどんな影響を与えられるのか、負けた時に何を学び何を伝えられるのか、といったことを考えることが大切だと言えますし、我々もそれを一緒に考えていきたいと思っています」(田口)

アスリートは競技ひとつに集中するが故に他のことに関する機会が少なくなっている課題があると西村氏も話していましたが、それはアスリート個人だけではなく、業界全体にも言えることです。異業種の企業や経営者がスポーツ業界に参入することでクラブや業界の成長に寄与するケースが増えてきていることからも明らかだと言えるでしょう。裏を返せば、スポーツ業界もアスリートもきっかけを掴めれば一気に成長を遂げるだけの高いポテンシャルを秘めている証拠でもあるのです。エコッツェリア協会では、このアスリート・デュアルキャリアプログラムを通じて多くのアスリートに"きっかけ"を提供していきますので、引き続きご注目ください。

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