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【レポート】オンラインでも熱い、学生たちの夏(3)

2020年8月12日~14日開催 「丸の内サマーカレッジ2020」

4,8,11

丸の内サマーカレッジ最終日。午前中の講演は、自然体で社会課題に取り組みつつ、同時に母親としても生き、悩みながらも前に進む二人の女性が登壇します。そして午後は、個人発表に向けてラストスパートを掛けていきます。

<3日目のプログラム>
・講演4「ビジネスパーソンとして、母親として」
小野曜氏(転石知財事務所 弁理士、サンリット・シードリングス株式会社 代表取締役)
松岡夏子氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
・ワークショップ2 発表準備
・ワークショップ3 発表

1日目(1) | 2日目(2)

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「ビジネスパーソンとして、母親として」(1)小野曜氏

「ビジネスパーソンとして、母親として」(1)小野曜氏

小野氏は、大手企業に就職した後独立し、新規事業開発をフィールドに、現在は地方に拠点を移して活躍している女性。8歳と10歳の2人のお子さんがいる母親でもあります。フランクな語り口が特徴で、自分の経験に基づく実直な話には説得力もあります。この日のトークも参加者の胸にストンと落ちるものとなったようです。

大学では哲学を学んだ後に農学研究で大学院に進み、技術者として就職したはずが特許関係の業務を担当することとなり、新技術の事業化などに携わるように。その後特許関連の法律事務所、大手シンクタンクと舞台を変えながらも、新規事業開発、地域活性化、起業などをテーマに活動しています。
「行き当たりばったりに見えるようだけど、ひとつだけこだわっていたのが『今しかできないこと』をやること。今やるべきことなのか?ということをいつも考えていました。哲学は年を取ってからもできるのではないか、新卒は今しかないじゃないか。そういう判断の連続で、その時面白いと思うことをやり続けてきました」

今取り組んでいる新規事業開発やイノベーションを通じて思うのは、時代の流れ、変化についてだと小野氏は話します。

「今社会をリードしている、特に50歳以上の方々の言葉をそのまま受け取ることは、時に危険な場合もあると感じています。その年齢層の方々の中には、右肩上がりの経済成長を経験してきて、その感覚を今も無意識に持っている方もいる。経済が停滞し、人口が減少していく社会で生きている皆さんとは前提がまったく違うのです」

イノベーションに対する考えにその違いが如実に出ます。

「今とは違う社会を目指すために起こすのがイノベーション。組織にいると採算性や事業性を求められますが、イノベーションというのは本質的に、現在の社会ですぐ儲かるものではないはずです」

生きていくために自分で稼げる人間になりたいと思いつつ、27歳頃に家庭を持つことを意識し始め結婚。「ただ"好きな人"というよりも、暮らしやすい人、子育てに積極的な人」ということも考えて結婚を決めたと話す小野氏。仕事にしても結婚にしても、自分起点で選択し進めてきたために、それほど深刻に悩むことはなかったそうですが、子育てについては「自分とはまったく違う生き物。思うようにならないし、その分頭も使うし、だからこそ楽しいという部分もある」とのこと。

そして子育ての環境や、今後の仕事の進め方を考え、大阪へ移住。しかし、相当の準備やシミュレーションをしたもののそれがまったく役に立たない、地方ならではの暮らしに衝撃を受けたそうです。

「田舎ではスキルよりも人柄が大事で、情報伝達の速度も遅い。たまに東京に出てくると、スピードの速さや価値観の違いにすごく驚かされます」

とはいえ、地方移住はトータルで見ると「良かった」とも小野氏は話します。

「ペースを落として周りを見ることで、違うものが見えてきた。これは今後の人生において重要だなと思う。例えば取締役として人を育てなければならないが、子育てに通じるものがある。人生、45歳くらいをピークにして折り返すことになると思うけど、問題はその先も同じくらい生きるということ。皆さんは、今人生の中で上昇している時期かと思いますが、立ち止まって考えることがあってもいいと思います。それが必ず、未来への糧になるはずです」

「ビジネスパーソンとして、母親として」(2)松岡夏子氏

続く松岡氏もまた、ライフステージの遷移に伴う、働き方や心情の変化を語ります。折しも出産の後の育児休暇から復職したばかりということで、自らの経験に即した地に足のついたトークを聞かせてくれました。

もともとはゴミ問題からジャーナリズムの世界を志したそうですが、誌面になる前の現場の生の声を聞くことが好きになり、いつしかゴミ問題の研究の道に進みました。ゴミ問題の先進国デンマークに留学した際に、「日本にも面白い町がある」と徳島県上勝町を教えてもらい、移住を決意。

「直感で生きてきた人間で、ここなら自分の居場所が見つかるかもしれないと思ったんです。それから現地のNPOを設立し、ゴミ問題に取り組むようになりました。地方は能力よりも人柄というのはそのとおりで、何ができるかよりも、どんな人なのかという方が大切。そこでプレッシャーを感じながらも、楽しく仕事をすることができました」

4年後には上勝町での実績が買われ、神奈川県葉山町役場の職員としてゼロ・ウェイスト推 進を担当。その後、日本国内のさまざまな事例や海外の取り組みをさらに知りたくなり、2012年に現職のシンクタンクに転職。インドネシアのゴミ問題やプラスチックゴミの研究などに取り組んでいます。

しかし、「こうしてキャリアを話すと、いかにも美しい物語のように聞こえるかと思うのだけど、週に1度はこのままでいいのか?といまだに悩んでばかりいます」と松岡氏。ゴミをゼロになんてできるわけがない、高い理想を掲げれば冷ややかな視線も集まるもの。

「上勝町では24時間100%、理想と使命だけで突っ走っていて、田舎なのに全然スローライフではありませんでした。ゴミゼロのために活動しているけど、ゴミがゼロになったときに自分は幸せになれるのだろうか、と自問自答。今思えばバーンアウトしていたといいうことだと思います」

周りを見れば、同期は自分の3~4倍の給料を稼いでいるし、理想などは関係なく、普通に生きている人の方が圧倒的に多くて、「なぜ自分ばかりが社会の負を背負って生きるのか」と考えが巡っていたと話します。理想だけでは自分が潰れてしまうことを実感し、理想、仕事、プライベートのバランスを模索し始めたことがその後の転職にも繋がっていました。

また、出産で多くの気づきも得たと松岡氏は話します。例えば男女差。それ以前は意識したことがなかったものの、自分(女性)が子どもを生み、キャリアを中断せざるを得ないのも自分。

「男と女は全然平等ではないんだなと感じました。子どもを生むことも、おっぱいをあげることも男性にはできません。夫も同業者ですが、面白いプロジェクトに携わっているのを横目に、2時間おきにおっぱいをあげて、おむつを替えている自分には焦りを感じることも多かったです」

しかし、同時に「子どもを生み育てることが、こんなにも甘くて、満ち足りた時間であることを初めて知った」とも話しています。また、子育てすることで、自分の親の苦労や、自分がどれだけ愛され、見守られてきたかを知ることもでき、「出産・子育てによって失われるものと、新たに得られるものの狭間で、これからどうしていこうかと考えている」と、素直な心情を明かしました。

このように、目標に向かって走った若かりし頃から、理想への疑念、プライベートでの新たな発見を経て復職した松岡氏ですが、「でもやっぱり理想がないと人生はつまらないな、と一回りして戻ってきた」とも述べています。

「あらためて、人生は長いなと思うのです。大学のときは就職すればそこがゴールだとなんとなく思っていましたが、人生はまだまだ半分で、この先もまだ生き続けます。その時に、やはり理想があるから出会いもあるし、新たな発見もある。ここに来て、恐れずにもう一度新しい理想を持ち、語っていこうと思うようになりました」

理想を掲げて生きることは素晴らしいことですが、掲げ続けることはいろいろな意味で難しい。将来の夢や理想を語る参加者にとっても、身に迫るトークであったに違いありません。小野氏、松岡氏のトークの後に、感想や質問を考えるグループワークをはさみ、パネルディスカッションへ進みます。

パネルディスカッション

パネルディスカッションは、松岡氏、小野氏をパネラーに、B-Bridge槙島氏、エコッツェリア協会の田口が司会で進めます。まず田口からの質問。

田口「例えば人口減少のように、社会には前提として変えられないこともあって、でも変えなければならないというジレンマがある。そこの変えられないもの、変えられるものの見極めをどうやっていますか」

これには以下のような回答がありました。

小野「変えられないものもありますが、ある時ガラッと変わってしまうこともあります。意図的に何かをコントロールすることは難しいとは思いますが、ひとつは長く広い時間と視野で、大局的に考え、仮説を立てて、準備をしていくことが大切かと思います。起業家も、よくタイミングがとても重要と話しますが、共通しているのは、準備を必ずしているということ。理想で突っ走って失敗してまた挑戦して、ということを繰り返しているうちに分かるかと思いますが、社会は分からないことばかりで、だからこそ楽しいし、楽しくなければ続けられないなと思います」

松岡「ゴミへの意識は変えられるのか?という命題はすごく大きな問題で、この数年で大きく変わりつつあると感じています。今にして思うと、動くときにはフッと動く。いきなり大きなことから変えようとするとバーンアウトしてしまうので、小さなことをコツコツと、その積み重ねが、ある日大きな変化へつながるのかなと思います」

槙島氏からは「自分がやりたいことをどう見せるか」という問いがありました。

槙島「特に若いうちは、自分を良く見せたいし、『いいこと言うね!』と認められたいと思う。だから理想をカッコつけて話してしまうことが多いし、うまく話せる人が認められやすいようにも思います。しかし、本当に自分がやりたいことなのかどうか、それを意識し、知るにはどうしたらいいのでしょうか」

松岡「優等生的に言いたくなるのは分かるけど、本当にそれが自分のやりたいことかどうか。ひとつの基準になりそうなのが、今の友達ではなくて、古い友達や親に話せるかどうか。そこがないと関心持っただけで終わってしまう気がしますね」

小野「夢はどんどん変わっていっていいと思う。大切なのは『違うかな?』と思ったときに、ちゃんと嘘をつかずに考えて切り替えること。縛られてはいけないと思う」

女性の参加者からは子育てに関する質問がありました。
「自分も将来は働きたいと思っているし、自分のペースは乱されたくない、子どもに遮られるのは嫌だと思う。お二人はそれにどう対応したのでしょうか」

松岡「私も嫌です(笑)。しかし、本当に嫌でなんとかしたいのなら、例えば子育てや家事のサービスを頼むこともできるでしょう。でも、どちらかといえば、今私はこの瞬間しかない子どものことを自分がやりたい、という複雑な心情ではあります」

小野「正直私も嫌です。10年経つけど今でも嫌(笑)。とはいえ、アウトソースする手もあるけど、今、自分にしかできないと思うからこそ自分でやるし、子どもと向き合うことで自分も変化して、発見もあるんです。また、今でもキャリアを捨てたつもりはなくて、取りに戻ることができるとも信じています。焦りがないわけではないですが、今できることを精一杯やっているので、これはこれでいいのかなと思っています」

他、イノベーションに関する議論もありましたが、気取らないフランクな回答に、笑いもあり、大きな納得もあり、すっと胸に落ちる議論であったと言えるでしょう。

ワークショップ2 発表準備、ワークショップ3 発表

午後は、前日の「6W2H」のワークシートを元に、将来の夢、そのための一歩についての精度を高め、発表するためのワークショップに取り組みました。そして、最後には一人ひとりが、将来の夢を語り、フィナーレとなりました。

「建築で助けを求める人を助けたい」
「宮崎の良さを発信し、暮らしやすい地域にしたい」
「ベトナムを、つながりを大事にした社会システムで支援したい。それをビジネスとして実現したい」
「挑戦したい人を支援するコミュニティ、環境を作りたい」
「建築のちからで、フィリピンのスラムなど世界の住宅環境を改善したい。その一歩として、まず外に出て現地を見て知りたい」
「病気や死への不安を持つ人のために、医療機器を開発したい。大学で勉強し会社を起業することを目指し、今は勉強をしていく」
「ネットのサブカルチャーを世界に広めたい。まず、マーケティングやブランドを学んで、さまざまな世代に伝える方法を考えたい」
「日本はアートが少なく疎遠なので、アートに触れ合える街をつくりたい。そのためにまちづくりやメディアの世界に入りたい」
「日本の教育制度を変えたい。海外で一般化している双方向の授業などを参考に、いろいろな授業、教育のあり方を学びたい」
「世界の貧困を支援する活動に関わっているので、さらに事業を進めたい」
「ITを使って楽しみながら、幸せを最大化する仕組みを作ることができれば。まずは学校の仕組みを変えるところからスタートします」
「人のつながりを強化するまちづくりをしたい。そのためにいろいろな街の現地調査から始めます」
「日本と海外をつなぐプログラミングの仕事をしたい。アメリカ生まれなので、日本とアメリカの相互理解を進めたい」
「人とのつながりを実現するまちづくり。日本はそれが欠けていると思う」
「公園の設計やランドスケープに関わりたい。そのためにまず、専門の勉強をしっかり始めます」
「一線で活躍する人が報われる社会をつくりたい。そのためにまず自分を磨き、専門性を高めます」
「社会に対して高い志を持つ人を、財務の面から支えたい」
「困っている国、地域の開発を手伝いたい。まずは、自分の強みを掘り下げるところからスタートします」
「日本は歩行者が歩きやすい街ではないので、そこを変えたい。地方のアーバンセンターの活動に関わっているので、そこから始めます」
「芸術が身近な街にする。アートがもっと身近になり、興味のない人にも届くようにしたい」
「みんながハッピーで笑える世の中にしたい。見て見ぬふりをせず、寄り添える社会。今イラストと文章の勉強をしているのでそれを活用して取り組みたい」
「宮崎を世界に広めたい。さらに他国籍な街にして、海外のちからも取り込んでいきたい」
「芸術で常識を覆したい。自分が芸術で救われたように、困っている人を救いたい」
「ラベルで判断されない社会の実現。この3日間でヒントをもらったので、ここから始める」
「観光で日本を元気にする。世界一の観光大国にして、日本の魅力を伝えたい」
「人間中心の街を作りたい。そのためには大きな街のプロジェクトに参画したい」
「一次産業から地域を支えたい。都市の人に農業を身近に感じてもらうのが第一歩」
「子どもが生き生きと自発的に学べる仕掛けを作りたい」
「偶発的な出会いを通して新しい発見を生む仕掛けを作りたい」
「野球、弾き語りの面白さを伝えられることをやりたい。そのためにはまず知識をつけることから始める。この3日間で、ぼんやりしていたことがくっきりしてきた」
「世界一の飲料メーカーを作りたい。飲料の常識を覆し、単なる消費財ではない飲料を作る」
「いろいろな人のニーズに答えられる、"仮設の街"を作りたい」
「社会の無関心を関心に近づける仕掛け。動画等で多くの人に情報を届けたい」
「街の中に、人が集えるような場所、芸術のスペースなどを作りたい」
「自然体験学習を通して学ぶ楽しさを伝え、地方創生につなげたい」
「格差をなくして地方を元気にしたい」
「真面目に対話できる文化を広げたい。今の社会はタブーが多すぎる。哲学カフェから始めます」
「地方の農産物の良さを都市に届けたい。また地方へ人を誘導したり、販売会をしてみたい」
「自然を大切にする人を増やしたい。まずは食をキーワードに、自然環境に意識が向くようにしていきたい」
「地域の持つ課題をかけ合わせて解決するような手立てを探りたい」
「特に地方の生活の不便を解消し、次の時代への負担を軽減したい」
「他人や社会のためになることを仕事にしたい。自分の世界を広げて、自分も幸せになることも大事だと思う」
「レアル・マドリードのCEOになりたい。また、一次産業に関わる仕事にできるだけ早く就きたい」
「誠実な変態として、人の幸せを最大化することに取り組みたい」
「スポーツスタジアムを起点に、地域の人の生活を幸せにしたい」
「社会的弱者を対象にした研究に取り組んで思考力をつけ、頼られる存在になりたい」

大人が感じたサマーカレッジ

最後に、事務局スタッフサイドから感想とコメントが寄せられました。最初は主催者を代表して、三菱地所 エリアマネジメント企画部長の後藤泰隆氏から、3日間を振り返っての感想です。

「とにかく『やってみる』ということの大切さを、皆さんすでに感じていると思うが、これは私自身の社会人経験から考えてみてもその通りだと思います。任された仕事が初めは向いていないと思いながら、やってみたら面白かったということがあります。
また、『やりたいこと』だけでなく、興味のないことでも機会があったらやってみることが大切。もし、やりたいことがないという人は、月に一度は『人生初』のことをやることを心がけてはどうでしょうか。そうやって、インプットとアウトプットをバランスよくやることが大事。学ぶからやれることが増え、何かをやるから学ぶべきことも分かるようになると思います」

そして、初日のプログラムを担当した長岡氏からも、再び熱いメッセージが送られました。この3日間で体験したことが認知心理学、組織論などの研究によって裏付けられていることを解説し、「自発的にやってみることが何よりも大切だ」と呼びかけました。

「人は内発的動機づけによってよりクリエイティブなことや、大きな達成を成し遂げることができる。そのためには、好き嫌い関係なく何でもやってみるという好奇心が大切。そして好奇心を持ち続けるには、実は『ちょっとやってみる』という行為的情報が有効だということも分かっています。組織論の研究では、最も成果をあげているのが、『まずやってみて、やったことを成果に考え直してまたやる』ということを繰り返す組織だということが分かっています。つまり考えるだけではダメだし、やるだけでもダメ。両方やる必要があるということです。今日皆が語った夢についてそれぞれ行動してみて、是非またこうして集いましょう。そしてそこで語り合うことで、さらに新しい一歩を進めることができるようになるはずです」

学生時代に第1回、第2回のサマーカレッジに参加し、社会人となった今はボランティアで運営に参加してくれたカレッジの先輩、伊藤さんも「怖がらずにチャレンジをしましょう」と呼びかけます。
「僕が参加したときは、圧倒的な情報量に対していっぱいいっぱいな状態でした。当時は、本当にこれで学びになったのかなと不安にもなったけど、それが今につながっているという実感があります。皆さんにひとつだけアドバイスするとしたら、とにかくチャレンジをしてほしいということ。このサマーカレッジに参加したのも、申込ボタンをクリックしてエントリーする小さな勇気から始まったはず。失敗を恐れずに、どんどんチャレンジしていきましょう!」

司会、ファシリテーターを務めたB-Bridgeの槙島氏は「感謝しかない」とコメント。 「3日間、本当に感心することばかりでした。皆さんに引っ張られて僕も成長することができたと思います。それは僕自身、皆さんの一生懸命な姿勢に応えようと思うことができたからだと感じています。こうやって大勢の大人が皆さんを見守っています。僕も大きなBHAGに向けて頑張ります。この3日間で出会った仲間を大事に、これからも前に進んでいきましょう」

オンラインコミュニケーションとは何なのか

今回初のオンライン開催ということで、さまざまな取り組みがあり、発見もありました。全体を設計、プロデュースした田口は、今回の丸の内サマーカレッジは「事前の信頼関係づくり」を大事にしていたこともあり、早い段階からスムーズなコミュニケーションが実現できたとしています。これはオフラインのワークショップ運営のノウハウをオンラインに置き換え、利用したおかげだとも述べています。

「初日の長岡先生のオリエンテーションで熱量を上げて、ファシリテーターの槙島さんが学生たちと近い世代ということで緊張をほぐすことができたと思います。おかげで離脱者もなく進めることができた。また、オンライン化したことで、多層な地域、年代の参加者が混じり合ったことは、思わぬ成果につながったとも感じています。リアルな場が良いとか悪いとかではなく、新しいコミュニケーションの形として可能性を感じるカレッジになったと思います」

槙島氏はB-Bridgeで学習支援などの業務にも取り組んでいますが、オンラインの可能性について「新しいツールができたという感触」と話しています。

「今の若い世代はZoomやチャットの使い方が柔軟で、リアルでのコミュニケーションに近い感覚で関係性を構築していると感じました。また、昨年までのプログラムでは、リアルだと男性と女性のコミュニケーションがたどたどしいことがあったのですが、今回はそれがなかったのも面白い発見。オンラインという新しい選択肢を得たという意味で、僕が一番成長させてもらった気分です」

コロナ禍のために、図らずもオンライン開催となった今年のサマーカレッジでしたが、予想を超えるところでさまざまな実りがあり、次のステップにつながることを感じさせます。このカレッジを1年1度ではなく、複数開催を望む声が参加者からちらほらと聞こえますが、そんな新しい展開にも期待できるのかもしれません。

最後に協力スタッフがカメラの前で挨拶


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