3×3Lab Futureでは、個人会員が気軽に参加できる「さんさんネットワーキング」が定期的に開催されています。水曜日恒例イベントともなっているこの交流企画。今まで個人会員の多種多様な取り組みが紹介され、活発な意見交換やその後のつながりがうまれてきました。
今回はさんさんネットワーキングでは初めてのテーマ、献血。私たちは健康に過ごすために、意識する、しないに関わらず医療の恩恵を受けていますが、その医療は医療職や医薬関連会社などが提供するもので、それ以外の人々は「助けてもらう」というイメージがあるかもしれません。しかし、医療の専門家でなくても、献血を通じて「助ける」こともできるのです。今回は医療の専門職ではない人々を含む私たちが、医療を支えるために何ができるか考えるきっかけになりそうです。
日本赤十字社から藤原敦氏、島宗春佳氏をゲストに招き、血液事業の現状と課題を深掘りしました。献血の基礎知識を得るとともに、献血の社会的意義を強く実感する時間となりました。
ゲストの日本赤十字社東京都赤十字血液センター事業推進一部の藤原敦氏はまず、日本赤十字社が行っている活動を紹介しました。多くの方に知られている血液事業のほかにも、国内での災害救護、海外での支援活動、赤十字病院による医療活動や救急法等の講習など9つの事業に取り組んでいると説明します。
その中でもやはり、血液事業は病気の治療や手術などで必要な血液を届ける重要な事業です。血液は人工的につくることができないため、日本の輸血用血液製剤はすべてボランティアの献血から成り立っています。献血者の健康を維持する観点から1人が献血できる回数や量に制限があるため、多くの人の力が必要ですが、「2022年度は1日あたり約14,000人分、年間約500万人が献血に協力している」(藤原氏)といいます。
日本赤十字社の事業を説明する藤原氏
ここで、血液、献血、輸血の基礎知識を学びます。血液は以下の4つの成分で構成されており、それぞれ重要な役割を果たしています。
・血漿(けっしょう・全体の55〜60%): 体内の炭酸ガスを肺に、栄養素を体の各部に運ぶほか、老廃物を腎臓から排出する
・血小板(全体の約1%): 血管が損傷したときに血管をふさいで出血を止める
・白血球(全体の約1%): 体内に侵入した細菌やウイルスを消化・殺菌する
・赤血球(全体の40〜45%): 肺で酸素を取り込んで体の各部に運ぶ
献血には全血献血と成分献血の2種類があります。全血献血では血液をそのまま採血するのに対して、成分献血では一旦採血し、血液中の血小板や血漿のみを取り出し、それ以外の成分を献血者の体に戻すものです。2種類で優劣があるわけではなく、医療機関からの需要等に基づき、それぞれの必要数が算定されているようです。また、献血者の年齢や体重によって200ml・400ml(医療的なリスクを下げるため400mlが主流)と採血量が異なります。1パック200mlを規格とし、400ml採血の場合は2本分が採血されることになります。
献血された血液は、血液製剤(人の血液または血液から抽出・精製したものを有効成分とする医薬品。輸血用血液製剤と血漿分画製剤がある)となり、治療を必要とする人のために使用されます。輸血用血液製剤を使った輸血には、採血した血液の成分をそのまま用いる全血輸血と、赤血球、血小板、血漿といった特定の成分だけを抽出して用いる成分輸血があります。血漿分画製剤は血漿に含まれるアルブミン等のタンパク質を分離し取り出したものです。
成分輸血は副作用が少なく、より安全な治療法とされていますが、有効期間が短いため、「安定的かつ計画的な確保が難しいのが現状」(藤原氏)とのこと。血小板製剤の有効期間は採血後4日間、赤血球製剤は冷蔵で28日間、全血製剤は冷蔵で21日間、血漿製剤は冷凍で1年間。さらにA・B・AB・Oそれぞれの血液型に加えて、Rhマイナスのような発現率が少ない血液型についても確保が必要で、種類ごと恒常的に献血が求められているのです。
図:赤十字社作成資料
製造された血液製剤のうち、約80%が、がん(悪性新生物)、血液・循環器系・消化器系などの病気の治療に使われ、長く続く治療を支えるため継続的に求められています。また、症状によっては一度に大量に使われることもあります。例えば腹部大動脈破裂では、血液製剤200mlパックを赤血球製剤と血漿製剤が20本ずつ、血小板製剤が4本もの量が求められます。
赤十字社では、保存期間にも制約のある血液製剤について、急遽大量に必要になる事態も考慮しつつ医療機関との調整の中で需要を見込み、かつ献血を無駄にしないための適切な供給という難しい役割を担っています。
今や、衛生面や献血者の健康に十分配慮された献血制度が全国に普及し、必要な状況が生じたら、当たり前のように血液製剤を利用して病気・怪我に立ち向かいます。その制度確立までの道のりでは、献血者が対価を得るための「売血」から、私たちが助け合う「献血」への変遷が非常に重要なポイントでした。
近代の科学的な輸血法が日本に入ってきたのは1919年。当時は血液提供者から採取した血液を、患者に直接輸血するというものでした。安全面の問題から保存血液の製造が開始され、日本赤十字社東京血液銀行業務所が開業、無償の献血を呼びかけられたのが1952年のことです。
しかし、当時の商業血液銀行の存在や経済状況がボランティアの献血の普及を阻み、主流は売血でした。生活が苦しい人がお金のため短期間に何度も売血し、赤血球が回復しないうちに採血されたものは赤血球が乏しいため血漿の黄色が目立ち、輸血しても効果が少ないばかりか、肝炎などの副作用を招くこともありました。そもそも血を売ることは人身の売買につながるとして社会の批判を浴びていましたが、この状況が大きく変わるきっかけは1964年に起きたライシャワー事件です。
駐日米国大使だったライシャワー氏が暴漢に刺され、その治療に売血の輸血が使用されたことで肝炎に感染するという出来事です。この事件も大きく影響して転換がはかられ、1974年までにすべてボランティアによる献血に切り替えられました。献血者と輸血を求める患者の双方の安全が守られる、今日の私たちにとって当たり前の制度が確立したのです。
こうして日本の献血はボランティアに支えられていますが、現在大きな課題も抱えています。50代以上の献血者が増えているのに対して、40代以下が減少、特にこの15年で20~30代の若年層の減少幅が大きいのです。「少子高齢化の影響もありますが、若い世代の献血者減少を何とか食い止めたい」と話す藤原氏。献血予約から献血での血液検査データまでアプリで管理でき、献血ルームでは若年層向けの記念品を用意するなど、赤十字社ではさまざまな取り組みがされていますが、やはり一番重要なのは私たちが「献血を必要とする人がいる」ことを知り、改めて気づくことでしょう。
一方で、誰かの役に立ちたい、献血したいとは思っていても、献血経験のない人からは、さまざまな不安の声が聞かれるといいます。たとえば、「針が太そうで怖い」という声があるようですが、実際に使われる採血針の太さは、爪楊枝やピアッサーよりも細い18G(1.2mm)だそうです。また、「貧血にならないか」という声には、献血者の日常生活に支障をきたさない、健康を損なわないための基準として400mLまでと定められています。
他にも感染症を含めた衛生面や、採血時間が長いイメージがあることには、「献血前に医師と看護師が健康状態を確認し、針や血液バッグも使い切り」(藤原氏)と、十分な対策がなされ、全血献血にかかる時間は10〜15分、成分献血は40~90分程度と献血者の過重な負担にはならないよう配慮されています。
赤十字社では献血経験者にもアンケートを実施し、藤原氏は「これまでに献血して頂いた方に、その動機についてアンケートを取ると、『誰かの役に立ちたい』という声を多くいただき、本当にありがたい。その気持ちが治療に奮闘する患者さんの力になっている」と述べました。実際に輸血を受けて急性リンパ性白血病を克服した方が、「命を与えてもらっている」と語ったエピソードも紹介されました。
ちなみに、血液はかつてガラス瓶に保存されていたことも話題にあがりました。重たいこと、割れること、衛生面などを考慮し、何度も改革が行われ、現在の保存バッグの形になったことが明かされると、参加者からは「意外と知らなかった」という声も聞こえました。
最後に、小児がん(神経芽細胞腫)の闘病で日々大量の輸血を必要とした子どものエピソード動画が紹介されました。姿の見える形でその子が献血の助けを得ながら懸命に治療に向き合う様子から、献血が「今、命に直結している」という現実と、献血に協力する一人ひとりが力になることを強く実感し、心を強く突き動かされた方も多かったようです。
藤原氏は、「動画の中では、赤十字社のスタッフが血液製剤を必要とする患者さんに届ける場面も出てきたが、私もその一部を担う経験をしてきた。献血の意義を改めて知ってもらい、ぜひ多くの方に献血いただけたら」と協力を呼びかけました。
講演の後は、血液をイメージした赤い雫型のクッキーを手に取り、参加者全員で中央に集めて「大きな一滴の雫」をつくります。一人ひとりが献血に行くことで多くの血液が集まり、救われる命があるということを体感します。
ビーツの粉末で赤く着色された雫型のクッキーは、一つひとつがキッチンコミュニケーター大野遥氏の手作り。参加者全員で並べた
クッキーを手に、参加者はリラックスした様子で意見を交わします。「献血ルームが近くにあることがわかったので仕事の合間に行ってみたい」「献血に行くために、まずは自分が健康でありたいという気持ちにもなった」と前向きにとらえる声や、「3×3Lab Futureのみんなで献血に行くイベントがあってもよいのでは」という声も挙がりました。中には「かつて献血に通っていたが、一時期海外に滞在したことで献血ができなくなってしまった」という歯がゆい経験の声も。感染症予防等の観点から、海外生活(一部地域)や歯科治療の有無などで献血できない場合があるので、献血に行く前に一度 WEBで確認してみるとよさそうです。
3×3Lab Future周辺の献血ルームは有楽町と八重洲(全国で3か所しかない成分献血専門の献血ルーム)があります。事前にアプリで予約し、まち歩きの後に献血するのも良いかもしれませんね。