サステイナブルな暮らしを求めるムーブメントは数年前から広まり、東日本大震災以降、さらに加速している。それは、経済的なものから心の豊かさに、モノからコトに人びとが求めるものが変わりつつある証。私たちが優しく自然の中に入り、その素晴らしさを楽しんだらそっと立ち去ることを可能にするモバイルハウス「ZERO POD(ゼロポッド)」は、自然体験そのものをサステイナブルにする。昨年、3*3 Laboでも展示され話題を集めたZERO PODを開発した建築家の下平万里夫さんに、その特長などについて話をうかがった。
-ZERO PODを開発しようと思い立ったのはなぜでしょう?
私は子どもの頃から海が大好きで、海水浴はもちろん、浜辺で食べたかき氷、釣り、花火、それからサーフィンと、自然の中で遊んだ楽しい想い出がたくさんあります。それがいまは、美しかった松林はなくなり、マンションが建ち並び、防波堤にテトラポットと、どこの海岸も同じような風景になっている。自分は建築家ですが、建築というのは自然を壊すんですね。山を削り、コンクリートで海を埋め立てる。資材や職人さんを運び込むために道路も必要になる。それなのに使わなくなったら、それはただのゴミの山になるんです。そんなものじゃなくて、美しい自然を何とかして子どもや孫たちに残したい。たまたま、私は建築家ですから、人にも自然にも優しい建築ができないかと思ったのがきっかけです。ゼロエミッション・ゼロ・エネルギーだから、ZERO PODというわけです。
-デザイン・チェンジ・ザ・ワールドとおっしゃっていますね
ええ。20世紀まではテクノロジー・チェンジ・ザ・ワールドでした。新しい技術が世界を変えていく、技術が高度化して製品が高性能になれば明るい未来が待っていると信じられていた時代ですね。ところが21世紀になり、テクノロジーを突き詰め、どんどん性能を上げていった先には、いったい何があるんだろうと。何もないかもしれないと、みんな感じていると思うんです。テクノロジーを使う人間が、どう使うのかをしっかり考えなければ危険なことにもなりますよね。そういったところを担うのはデザイナーじゃないかと。テクノロジーを磨き、スペックをどんどん高めていくのが技術者であるなら、それを使ってこれまでにない新しいモノや、楽しみ方などを生み出していくのはデザイナーだと思います。携帯電話、スマートフォンのカメラなどはその典型例ですし、Facebookやtwitterなどのソーシャルメディアもデザインが生み出したものです。ただネット上で快適に動くソフトをつくるのではなく、人のつながりに気づいた。そこがデザインなんです。これはまさに、デザイン・チェンジ・ザ・ワールドでしょう。
建築というのは、one-offなんですね。1回限り。それに使う人も限られています。個人住宅ならその家族、せいぜい友人までですよね。いくら素晴らしいものをつくり、賞をもらったりしても、世の中に対するインパクトはそれほど大きくはありません。これが世界を変えるかというとそうではない。だから、自分の技術を使って、みんなが楽しめる建築をつくりたいと思った。誰もが気軽に快適に楽しめて、自然も傷つけないものをつくりたいという想いが、ZERO PODの開発に向かわせたんだと思います。
-自然を楽しむアウトドアレジャーの代表といえばキャンプですが、テントとZERO PODはどこが違うのでしょう?
まず、普通の人はキャンプ場でキャンプをしますよね。キャンプ場をつくるには、はじめにお話したように、山を削って整地し、道路もつくらないといけません。自然を楽しむためなのに、自然を破壊するのは矛盾していますよね。 それから、テントについて考えると、環境には優しいんですが、快適性などの点で人には厳しいものですよね。キャンピングカーは快適ですが、道路や駐車スペースが必要ですし、自然の中にクルマで乗り入れるのは環境に負荷をかけます。ログハウスはすごく快適ですが自然を破壊する。このように人が快適に感じるものほど、環境へのダメージが大きくなるわけです。
ZERO PODは、環境にも人にも優しいんです。高床になっていますから、快適にすごすことができます。一般的に高床にするには基礎工事が必要になりますが、ZERO PODは三脚をたくさん並べて荷重分散をしています。しかしそれだけでは、地面が傾いていると床も傾きます。ですから、三脚の頂点からロープで床を吊ることにして、床フレームを立体構造とすることで、地面がでこぼこしていても水平な床をつくることができました。これは世界初の技術なんですよ。
耐荷重が3tですからテーブルを囲んで12人が座れて、4人が宿泊することができます。設営も15分くらいでできる。これだけの大きさのテントを張ろうとしたら、とても15分ではすまないですよね。風を逃がす構造なので、風速15mくらいでもまったく平気。外壁の部分は開閉可能なビニールでできているので、閉じれば寒いときでも快適にすごせます。−5℃くらいの夜でも延長コードで電源をつないだ小さな電気ヒーターで十分な温かさです。天井部分は二重構造で結露はしませんし、内側には蚊帳がついていますから虫も入ってきません。湖面や海面に設置すれば水上コテージも簡単につくれます。
-2014年のグッドデザイン賞を受賞されたんですね
はい。傾斜地や不整地などに簡単に設置でき、軽量でコンパクト、設置が短時間で少人数であること、それから吊り構造で高床式のためリゾートはもちろん、災害時の緊急避難所としても利用できる点が評価されたようです。 そのほか、MITベンチャー・フォーラム・ジャパンのビジネスコンテストでスタートアップ部門の優秀賞をいただいたりしています。
-グッドデザイン賞でも評価された、災害時の避難場所としての利用について、もう少し聞かせてください
災害時にはすごく役立つと思います。普段は小さく畳んでしまっておいて、いざというときに地域の住民が力を合わせれば、素早く快適な空間をつくることができます。よく台風などで体育館に避難していますけれども、仮にグランドが水浸しになっていてもZERO PODは張れますし、30張りを並べれば300人がドライな空間にいることが可能です。 また、仮設住宅としてプレハブを建てるには、広い敷地が必要ですし、資材や職人さんを十分に確保しなければなりませんから、何ヵ月もかかりますよね。それでいて用済みとなればゴミになるわけです。
ですから、たとえば大手企業にスポンサーになってもらって、ZERO PODを購入して自治体に寄付してもらうようなことができないかなと思っています。いまこのZERO PODプロを1つ制作するのに材料費だけで80万円くらいかかっていますが、これが500とか1000という数になれば大幅なコストダウンができて、20万円くらいで売れるようになります。ZERO PODに企業名やロゴを入れておいて、地域のお祭りやイベントに使うし、非常時には避難場所として活用すれば、地域の住民の方は感謝するでしょうし、PR効果は高いと思うんですよね。
いま全国の市町村数は約1,700ですから、各自治体に1つずつあれば、東日本大震災のような甚大な災害時には全国から集めれば、たちまち数千人規模の避難施設ができるわけです。
-注目を集めているZERO PODですが、いまは試作品1張りとうかがっています。今後どのように広めていこうとお考えですか?
いま、あるのはZERO POD プロが1張りなんですが、これのマーケットはB to Bを考えています。ターゲットはリゾートホテル、スキー場、キャンプ場、6次化事業と、大きく4つあると考えています。キャンプ場はどこに行っても同じような風景ですが、その中にZERO PODを置けば、たくさんの人が集まってきます。自然の中でパッと広げて、BBQなんかで盛り上がると。
それから、レストランやホテル、スキー場やキャンプ場などリゾートで使ってもらう。いま、葉山の4つ星ホテル「スケープス ザ スイート」の支配人とZERO PODで何かしかけようと相談しているところです。ZERO PODを使うと浜辺でレストランができる。建築物が建てられないようなところでもZERO PODは建築物扱いになりませんから、ホテルやレストランのケータリングと組み合わせればいいんです。シーズンオフのスキー場の活用策としてのニーズもあり温泉スキー場との打ち合わせが始まっています。
6次化については、たとえばアグリツーリズムの一環として、農地レストランや宿泊施設として活用していただく。これは、商工会や農協さんと一緒に動いているところです。ZERO PODは農地に設営できますから、野菜収穫体験のあとで採れたての美味しい野菜を、その場で食べることができます。アベノミクスの一つで地方創生がありますが、農地の活性化策としてお客さんを呼べる企画の目玉になればいいなと思いますね。
このような仕掛けによって話題を集めるとともに、実績を積み重ねていって、水平展開をしていこうと考えているところです。
それから、ZERO POD エアーという個人用のものを開発している最中です。一人で持ち運べて、簡単に設営できて4人が泊まれて、10万円以下というものです。もう少し開発が進んだらクラウドファンディングで購入希望者を募ってみたいと考えています。
-アウドドアということでは、アメリカなど海外で火がつきそうな気もします
そうですね。アウトドア本場のアメリカのキャンプ場の動員数は日本の7.5倍です。向こうは庭が広くて庭でBBQを楽しんだりと庭でのアクティビティーも盛んですから、実質的には20倍はあると言われています。
そのような段階となればキチンとした在庫とルートがなければならないですから、どこかで覚悟を決めて資金を集めてやっていかなければならないんだろうなと思います。
-まずは、市場をつくっていくというところですね
そのとおりです。マーケットをつくるところから始めているわけですから、なかなかしんどいところはありますね。ですから、ホテルやレストランなどでのイベントなどをやって話題を集めて、ZERO PODのファンを増やしていくことを地道にやっているところです。 いくつかイベントを行って感じるのは、ZERO PODは人をつなぐ大きな力があるということ。先日、あるパーティーで20〜30人が集まったんですが、そこで同時に話せるのは3人ですよ。ですからみんなと話をするためには、声を掛けながら移っていかなければならない。ところがZERO PODでは12人がほとんど同じ話題で盛り上がっているわけです。どうやら、この密度感が絶妙なんじゃないかと。それから揺れることも大事だと思います。喋るとき人は動きます。ある人が頷くとZERO PODもそれに合わせて動く。それが波動としてみんなに伝わる。誰かが笑えばその振動が伝わってみんなが笑顔になる。これは新しい体験ですね。
-つまり、ZERO PODには感情や気持ちの昂ぶりを共有する機能があるわけですね
そう。すぐれたコミュニケーションツールになるんです。一度ZERO PODでBBQを楽しんだ人たちはすごく仲良くなって、違う友だちを連れてきたり、どこかで飲み会をやったりしています。体験した人の「いいね!」に、場所を超えて人を引きつける力があるんでしょうね。
長い間、リゾート開発と環境破壊はワンセットのものでした。しかし、ZERO PODによって人にも環境にも優しいエコリゾートが可能になりました。いまはZERO PODは1張りしかありませんが、これがムーブメントを起こしていく。たくさん仲間を集めてZERO PODで世界を変えていけるんじゃないかと思います。美しい四季がある、この日本から自然共生を世界に広げていけたらいいなと。これが本当のクールジャパンではないでしょうか。この国の、世界の子どもたち、孫たちに、美しい自然を残せるように、一人でも多くの方の力をお貸りできれば嬉しいです。
イタリア・ローマ生まれ。父の仕事で両親がローマ滞在中に出生したため、周囲のイタリア人による「ロマーノ(ローマ生まれ)だから名前はMARIOだ」の大合唱により名前がMARIOとなる。大学時代にケンブリッジへ短期語学留学。1986年清水建設に入社。横浜支店、海外設計部、商業施設設計部、デザインセンターとさまざまな設計経験を積んだ後、1998年にしもだいらまりお一級建築士事務所を開業。2007年に株式会社 MARIO DEL MAREに改称し、2011年に事務所を逗子に移す。主な受賞履歴はホームページへ。
#1今、世界から続々と人が集まるマラガとは?外国人が住みたい都市No.1
長倉有輝さん(宮崎県職員)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー)
2024年4月23日(火)17:00~18:30
2024年2月29日(木)15:30~17:00