シリーズコラム

【さんさん対談】「ダメならサラリーマンに戻ればいい」30代で安定を捨て、日本酒バーを始めた理由

向井裕人氏(コンサルタント)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー)

8,9,11

大手メーカー等での勤務を数社経て、独立。コンサルタントとして活躍する傍ら、3×3 Lab Futureのコミュニティから日本酒バー「MYSH Sake Bar」(現在閉店)を立ち上げた向井氏。大企業勤めという安定を捨ててまで起業の道を選んだのは、一体何のためなのか。コロナ禍で飲食店の在り方も見直される中で、「日本酒はあくまでも手段」と語る彼に、これまでの経緯とこれからの展望について伺いました。

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「出世したいわけじゃない」

「出世したいわけじゃない」

田口 最近ますます活動の幅が広がっているようですが、肩書はいくつお持ちなんですか。

向井 名刺で言えば7種類です。業務改善や新規事業立上・伴走コンサルタント、地方創生・日本酒バー経営、東京都の起業家支援のコンシェルジュ、宮崎県小林市PR大使......。

田口 それはすごいな。以前はずっとメーカーにお勤めでしたよね。辞めて独立したのが6年前でしたっけ?

向井 そうですね。2015年の7月です。

田口 そこから遡って、いつ頃から会社を辞めることを考えていたんですか?

向井 サラリーマンとして働くのが合っていないと感じるようになったのが、30代半ば。役職にもつき始める時期でしたが、「あと5年で部長だな、10年以内には役員争いだな、15年したら社長も狙えるぞ」といった価値観になじめなくて。僕は偉くなりたいわけじゃないし、上司の機嫌を取りたいわけでもない。その時々の仕事のなかで、会社や社会に貢献する方法を見つけるというスタイルだったので、このまま進むのは何かが違うなと。

田口 いわゆる内側を向く状態ですね。権限や責任が増すことで、できる仕事の範囲が広がるというのが役職の上がる意味合いなのに、役職が上がることそのものがゴールになってしまっている。

向井 仕事を通じて自分も成長していましたし、「どうにかなるかな」という気持ちで辞めました(笑)。

田口 とはいえ、辞めた後の資金面の計画は何か立てていましたか?

向井 まず、家族を養っていくための最低限の額として、年収500万円という線を引きました。ある程度の貯金があったので、その線を守るには、2年間は自由に動けるだろうと計算しました。もし2年経ってどうにもならなかったら、またサラリーマンに戻ろうと。年収500万円のサラリーマンに戻ることはできるだろうという読みもありました。

それまでに3回転職してきましたが、社会のことを全然知らないなという実感があったので、辞めて最初のうちは、いろいろなところに顔を出してたくさんの人に会いました。3×3Lab Futureに来たのもその流れです。

田口 当時日本ビルにあった、「TIP*S/3×3Labo」の時代ですね。

向井 3か月程ひとしきりいろいろなイベントに出て、そろそろ何か仕事をしようかなと思って応募したのが、コスト削減のコンサルタント業務です。正社員募集だったんですが、面接の際に「正社員ではなく、週4日の業務委託お願いしたい」とお伝えして、採用していただきました。

田口 応募して自分の要望を伝えるのは強いですね。実際に業務に携わってみて、正社員とは違いましたか。

向井 そうですね。雑務に追われることなく、プロジェクトに集中できたのはよかったと思います。プロジェクトごとに期間が決められているため、緊張感もあります。このコンサル業務がきっかけで他からも声を掛けていただくようになったので、仕事に広がりが出てきました。

一度の失敗が人生を見直すきっかけに

田口 ここからはライフヒストリーを伺いたいのですが、ご出身は奈良県でしたよね。

向井 はい。大学卒業までずっと実家暮らしでした。

実は、大学時代にひとつ転機がありました。2回生のときに必修単位をひとつ落として、留年しているんです。それまでは割と苦労なく過ごしてきたので、すごいショックで。就職氷河期の時代でもあったので、人生を考え直す機会になりました。

そのときに参考になったのが、祖父の存在。祖父は、戦後薬屋を立ち上げて経営しており、いつも漢方や薬の研究をし、自分で薬を作ったり、中国語の勉強をしたりしていました。そんな姿を横で見ながら自分も祖父のように生きたいと考えるようになり、20歳の頃には「40歳で経営者になろう」と決めていましたね。

田口 向井さんがぶれたり迷ったりしないのは、人生のマイルストーンが明確だからなのかもしれませんね。

向井 そうですね。仕事をするようになっても、自分が経営者のような気持ちで仕事をしていました。

田口 就職で東京にいらっしゃったんですか?

向井 そうです。最初に就職した会社では、会社全体の流れの見える部署で働かせてほしいとお願いして、300人規模の工場の経理に配属してもらいました。自分の仕事は早く終わらせて、先輩や上司の仕事を手伝うことで工場の取引を学びました。1年くらいで、全体のお金とモノの動きを理解することができるようになりました。ただ、業績が悪いこともあって給料が毎年下がり、残業代も出ず、夏季賞与も出ないようになってしまいまして...。4年目に転職しました。

次に入った企業は、ITコンサルのベンチャーでした。前の会社では「優秀だ」と言われて自惚れているところがあったんですが、それは大企業の中の一員として、一部の業務に特化していたに過ぎなかったんです。ベンチャーでは、やることがたくさんあって、何でもこなさないといけない。これは大企業とは違うなと思い知らされました。スピード感もまったく違うんです。

それで、自分なりの仕事の軸(武器)を持つ必要性を感じ、たまたま募集の出ていたグローバル経営で注目を集めていた大手メーカーに応募し採用いただきました。

田口 英語も必要な環境ですよね。

向井 今、その会社に入るにはTOEIC 800点以上は必要でしょうが、当時私は350点。入社してから勉強すればいいよと言われたんです。英語が必要になるのは経営に近いところなので、遠いところで仕事している初期の間にゆっくりと勉強していきました。

田口 こうして伺うと、学びたいことを絞ってステージアップしてきた感じがありますね。独立したのが30代後半でしょう。計画通りに来ているんじゃないですか?

向井 いや、たまたまです。それに、昔思っていた経営者とはちょっとかけ離れています。20歳当時に思っていたのは、運転手がいる黒塗りの車で、大きなビルに出社するような社長。でも今は一人社長ですから(笑)。

コミュニティ・インで始まったMYSH

田口 向井さんは、2017年からMYSH合同会社(マイッシュ)の経営をされてきましたが、どんな経緯で始めることになったんでしょうか。

向井 始めた理由はいろいろありますが、ひとつは、コンサルティングの仕事が自分の「貯金」を切り崩してやっている気がしたこと。自分が今までビジネスで得てきた経験を使って、お金を稼ぐ。でもそれだと自分がすり減っていく一方なんですよね。

もうひとつが、社会課題への意識です。地方創生や働き方改革などがクローズアップされるようになったなかで、企業は経済的利益を上げるだけでいいのかと思うようになりました。小さくてもいいから自分で何かを始めたいと思っていたところで、3×3Lab Futureで元ミス日本酒の小川佐智江さんと出会い、それから周囲に後押しされて日本酒バーを始めたというのが経緯です。

日本酒も地域の食ですし、日本酒を通じて地方創生に関わるというのは、自分のやりたいことに当てはまる気がしたんです。僕は日本酒を広めたいというよりも、"地方創生の課題を解きたい"と思っていたことに気付きました。

田口 日本酒は手段ということですね。

向井 はい。僕は課題を解くところに喜びを感じるタイプだったんだと。そこに、「日本酒を広めたい」という女将がきて、ちょうど想いがハマったんですね。3×3Lab Futureのように、コミュニティで何かを作ることにチャレンジすることにも興味があったので、日本酒を好きな人や一緒にやりたいという仲間を集めようと。

そうして日本酒のイベントを3×3Lab Futureで開くうちに、日本酒バーの仕事を自己実現のため副業的にやりたいという人たちが集まってきました。店舗の場所も、一緒にやりたいという方のおかげで決まって。

田口 投資がいらないというのがすごいですよね。ちょっと前の世代だと、どーんと投資して事業をするのが普通だった気がします。でも投資がいらない起業のほうがハードルは低いですよね。

向井 そうですね、でも時間と手間はかかります。起業してみると、お金は時間を買うのと同じだということがよく分かります。ただ、コミュニティだけは、時間がなければ作ることはできません。じっくり作るものですね。

「貯金を使いながら、貯金をする」生き方

田口 もう少し掘り下げたいのですが、「課題を解く」ところに携わりたいと意識するようになったのは、いつからだったんですか。何かきっかけはあったのでしょうか。

向井 明確に言葉にできるようになったのは、この1、2年です。でも以前から会社の上司には、「目的があればブルドーザーみたいに働く」と言われていました。「課題を解く」ときにアドレナリンが出るタイプなんでしょうね。

田口 なるほど。日本酒を扱いながらも、日本酒に拘泥していないところが、向井さんの強みかもしれませんね。一方で、事業で困っていることはありますか。

向井 ありますよ、最近はやはり新型コロナウイルスです。営業時間の短縮やソーシャルディスタンスのための席数減少で、どう頑張っても赤字です。でも、投資を受けてやっているビジネスではないし、スタッフも副業でやっているので、こういう緊急事態にも対応はしやすいです。

田口 人は効率化や利益を最大化するために組織化するものですが、皆が同じ方向を向いた組織だと、一人が谷底に落ちれば皆が落ちることになる。しかし、向井さんの組織のあり方は、それとはまったく違います。

向井 そうですね。実は、2020年の最初の緊急事態宣言が出たときに、お店を閉めようと思ったんです。スタッフの皆に意見を聞いて、半分以上が閉めることに賛成したら閉めようと。そうしたら、14人のスタッフ全員が続けると声をあげてくれたんですよね。それで2020年の7月から目黒店をオープンしました。結果的に、契約更新のタイミングで2021年4月に一度幕を閉じることにしたのですが、この状況下で副業女将として店舗を盛り上げてくれたスタッフには感謝の気持ちでいっぱいです。

田口 もうひとつ面白いと思ったのが、「貯金」という言葉。これは私もすごく共感するところで、社会人になると陥りやすいポイントだと思うんですよ。社会人になると「できる仕事」を頼まれるようになりますよね、すると自分もできることをこなすようになり、自分自身が削られていってしまう。やはり貯金を切り崩すような仕事をしながらも、どこか別のところで新しい貯蓄を増やしていく必要があると思います。

「当たり前」が未来を築く

田口 最後に、今後のことをお聞きしたいのですが、どのような展望をお持ちでしょうか。

向井 長期的な視点では、50歳で事業継承をしようと思っています。「日本に残さなければならない、でも跡取りがいない」というような会社の事業を受け継ぎたい。

MYSHを起業してみて、自分はゼロイチでドライブさせるのは、それほど得意ではないんだなと。それよりも、企業を上手く回したり成長させることは、ビジネスマンとして得意な領域だという自覚があります。

田口 あまりお金に縛られていないのがすごいですよね。お話を伺っていると、お金はもちろんのこと、変な足かせがない感じがします。世の中、何かしらボトルネックがあって、身軽に動けないことのほうが多いじゃないですか。

向井 生命保険に入っていて、僕が死んでも家族は養えると思っているからですかね(笑)。それに、3×3Lab Futureで仲間ができたので、そういう不安からは自由になった気がします。僕が本当に困って明日食べるものがないという状況になっても、SNSで「助けてください」と言ったら、誰かは助けてくれるんじゃないかという気がして。

田口 コミュニティの信頼があってこそのつながりですよね。では、次世代の人、これから新しいことに取り組みたいという人たちへのアドバイスをお願いします。

向井 今僕がこうしたことに取り組めているのは、10年以上、サラリーマンとしての仕事をサボらず真面目にやってきたからだと思っています。コピーをとるという単純な仕事であっても、そこには必ず意味があるし、誠実に素早く仕事をこなしていると時間が空くようになって、そこに新しい、面白い仕事をやらせてもらえるようになります。面白い仕事の経験はどんどん蓄積されて、さらに面白い仕事につながっていきます。よく、仕事がつまらないという人がいますが、仕事の面白さや意味は、自分で見出していくことが大事じゃないかと思います。

田口 サボらず真面目にというのはすごくよく分かります。ごく当たり前のことをちゃんとやる人には安心感があるから、仕事の依頼もいくようになります。起業も派手なイメージがありますが、本来地味なものなんですよね。私の先輩で、ものすごくスーパーマンみたいな方がいましたが、その方も、メールをきちんと書くとか、議事録をちゃんと取るとか、ごく当たり前のことを積み重ねている人でした。今日は、生き方や仕事について、たくさんのご示唆をいただけたと思います。ありがとうございました。

向井裕人(むかい・ひろと)
グライドパス株式会社代表、MYSH合同会社代表

1976年奈良県生まれ。古河機械金属、ITベンチャー、日産自動車、ピジョンを経て独立。2016年7月経営コンサルティング会社であるグライドパス株式会社を創業、2017年2月に地方創生・日本酒普及のための会社、MYSH合同会社を創業。東京都「Startup Hub Tokyo」起業家コンシェルジュ、宮崎県小林市PR大使、エコッツェリア協会が採択して進めている東京都「インキュベーションHUB推進プロジェクト」のアドバイザーも務める。

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