シリーズコラム

【さんさん対談】「青黒い人」として動くことで、大きな理想を描き出せる

増田典生氏(株式会社日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー)

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グローバルを含め35万人以上の従業員が所属する日立グループ。その中核を担う日立製作所に在籍してグループ全体のサステナビリティ戦略の構築・推進を展開すると同時に、ESG情報開示フレームワークの探究などをミッションとする一般社団法人ESG情報開示研究会の共同代表理事も務める増田典生氏。
今回のさんさん対談では、国内におけるSDGsやサステナブルに関する活動の先駆者である増田氏をゲストに迎え、これまでのキャリアや今後の展望について伺いました。複数の立場で重責を担う存在でありながら、インタビュー中どこか飄々とした雰囲気すら感じさせてくれた増田氏。その背景には、同氏が掲げる"理想の姿"が関係しているようでした。

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「社外とのつながりを求めたからこそ良いキャリアが歩めた

社外とのつながりを求めたからこそ良いキャリアが歩めた

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田口 現在増田さんは2つの肩書を持たれていますが、具体的にどんなお仕事をされているのでしょうか。

増田 昨年60歳を迎えてからも日立製作所に勤めていますが、一般社団法人ESG情報開示研究会での仕事が9割以上を占めています。2020年6月に日立製作所が主導して立ち上げた団体で、ESGの情報開示のあり方を探る活動をしています。私は共同代表理事として事務局メンバーと一緒に100以上の加盟組織を取りまとめながら、全体の方向性付けや、週1〜2ペースで開催されるオンライン会議の取りまとめなどをやっています。

田口 ESGは投資に関わるものなので金融機関が主導するイメージがあります。なぜ日立製作所が中心を担っているのですか。

増田 研究会には金融機関や投資関係の企業も加盟しています。その中で我々が主導的な立場にいるのは、事業会社自身がESG情報の開示にきちんと向き合っていかないと投資が呼び込めないと考えたからです。とはいえ、事業会社だけでコミュニティを作っても本質的な解決は難しいので、金融機関や機関投資家、監査法人なども含めた団体を作りました。

田口 我々もコミュニティをつくっていますが、どちらかと言えばシーズ側の視点で動いています。でも増田さんはニーズ側の視点も持って動いているんですね。ESGの場合は投資する側と投資される側が同じ土俵で会話しないと独り歩きしてしまいますよね。

増田 おっしゃる通りです。加えて、監査法人という第三者が入っている点がESG情報開示研究会の特徴とも言えます。

田口 では、そんな増田さんの過去もお伺いしたいと思うのですが、日立製作所に入社されたきっかけから是非教えて下さい。

増田 私は神戸で生まれ、神戸と大阪で育ちました。大学時代には都市計画について学んでいたのですが、ポートアイランドや六甲アイランドなど精力的なアプローチで注目されていた神戸市都市計画局に就職したいと考えていました。でもある時、研究室で可愛がってくれていた先輩から誘いを受けて日立西部ソフトウェア*に入社することになったんです。
*後に合併して日立システムアンドサービスとなり、2010年に現在の日立ソリューションズとなる。

田口 都市計画とはまったく違う仕事ですね。

増田 就職先はコンピューターの会社ですからね。どちらかと言うと私は文系で、自分とは少々遠い世界かと思っていたのですが、お誘いいただいたので面接だけでも受けてみようと挑戦したところ内定をいただいて。驚きましたが、これもご縁だろうと考え入社しました。主体的というよりは流れついた結果ですね(笑)。

田口 でもいいと思います。若い内は経験もなければ情報もないので、人に委ねるのも実は"有り"だったりするんですよね。

増田 そう思います。それで、その会社はその後合併を繰り返して東京が本社になり、自ら志願して2002年に本社に移りました。さらに2015年に日立製作所に転籍して今に至ります。田口さんと出会ったのは、東京に来た後の2007年頃でしたね。当時は日立ソリューションズに勤めていましたが、色々あって経営企画部長から担当部長に降格したんですよね。そこで、社内に閉じこもるのではなく、少し外をぶらぶらしてみようと思っていた時期でした。その頃に田口さんや外部の方とお会いして「こんな世界があるんだ」と感じていました。

田口 以前から増田さんが社外に出るようになったきっかけをお聞きしたかったのですが、そういった経緯からだったんですね。

増田 ええ。今まで時間が取れずにできなかったことをしようと思い、外部に目を向けていこう、これまでにないつながりを求めてみようと考えてみたんです。ちょうどその頃、TwitterのようなSNSも日本に入ってきていて、色々なことをつぶやいていたら近しい興味を持つ人たちとつながれるようになっていきました。その中にはライバル企業の人たちもいて、彼らと情報交換をしたり、勉強会を開いたりしていました。

田口 私も同時期に社外の人と出会い始めるようになっていました。それまでは同業他社の人と話す機会は少なかったですし、ましてや商売のネタを共有するなんてありえないと思っていました。でも、実際に接してみると惜しげなくアイデアを出してくれるんですよね。そうした体験は本当に驚きでした。

増田 あの空気感はおもしろかったですよね。その頃は社内SNSも注目を浴びていた時期で、NTTデータが先行して開発をされていました。私も自分の会社で社内SNSを立ち上げたかったので同社にヒアリングをしようと考え、IT企業の知り合い数名と一緒にNTTデータに伺ったんです。NTTデータの担当者には「競合他社の方々とこんなにざっくばらんに話をするなんて、どういう世界観なんですか?」と大変驚かれましたね(笑)。

田口 コミュニティは個と個がつながってつくるもので、その個が所属する組織は二の次という考えが大事だと思いますが、こと仕事となると、まず組織があってその中に個がいるという順番になってしまうんですよね。

増田 オンラインでもオフラインでも会社の外に出るようになって、初めてそういった感覚をリアルに感じられるようになりました。多くの組織が参加するESG情報開示研究会で何の抵抗もなく仕事ができているのは、外部の人々と共に動く原体験があったからでもあります。

田口 社外とのつながりを持つことを警戒する人もいますが、そうした人は外に出た経験がないケースが多い気がします。出たことがないからこそ負の情報をたくさん集めてきて、「こんな事故があった」「こんな情報漏えいが起きている」と言ってくる。もちろんリスクはゼロではないですが、実際にはいい信頼関係を作れるケースの方が多いんですよね。増田さんが外部に出始めた際には、「なんでそんなことするの?」「意味あるの?」といった声は聞こえてはきませんでしたか?

増田 実際ぶらぶらしていましたから、「増田はいったい何をやっているんだ?」と見られている感じはありましたね。まったく気にしていませんでしたが(笑)。

田口 すごいな。ここまでお話を聞いていると、キャリアがとても綺麗であまりツッコミどころがないですね(笑)。

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増田 そういう意味では、外部に出るようになったきっかけでもある役職の変化は大きな出来事でしたね。そもそも経営企画部長は代々経理畑の出身者が就く役職で、数字をつくることがメインの仕事の一つでした。もちろんその業務はとても重要なものですが、私はもともと数字があまり好きではなかったですし、自分の価値観ややりたいこととは違っているという違和感が拭えなかったんです。上司もそうした私を見透かしていたのでしょうね。そういったこともあり別の方に代わることになりました。

降格はとてもショックでしたが、そうだよねとも思いましたから、受け入れるまでにさほど時間は掛かりませんでした。その後社外のつながりを得られていろいろなものを吸収し、社内でもCSR部長やブランド戦略部長といったキャリアを歩み、中西宏明さん(元日立製作所社長・会長、日本経済団体連合会第5代会長、2021年没)のご指示で日立グループ全体のサステナビリティ戦略の構築にも携わることができたので、今から思えばあの時降格して良かったと思いますね。

田口 その後の役職を聞くと、社外の活動がうまく社内にもリンクしていると感じます。

増田 社外に出ていこうと思ったのは、個人的に興味のあったCSRやブランディングの知識を得るためでもありました。自分よりも先行して学んでいる人や知見を持つ企業はたくさんありますから、そうした人々から話を聞いて理解するのは大事だと思います。それと、経営企画の仕事はセンシティブな内容なので社外の人と情報交換するわけにはいきませんが、CSRやブランド戦略、社会貢献といったテーマであれば、競合相手でもフランクに話しやすいですよね。その点も性に合っていたのかなと思います。

グループ全体としてトリプルボトムラインのバランスを維持する

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田口 日立グループ全体のサステナビリティ戦略構築についても伺いたいのですが、その前に、35万人を超える日立グループの中核を担う日立製作所に移ったときはどのような感じだったのか教えていただけますか。

増田 私はもともとベンチャー的な会社が好きなんです。だから「大きい会社ではやりたいことができなくなるのではないか」と思っていました。だから日立製作所に転籍したときは、従来自分が持っている価値観との違いは感じていました。ただ、自分の裁量で仕事をさせていただけたのは非常に幸いでしたし、中西会長から直々にグループ全体のサステナビリティ戦略の構築のお話を伺い、取り組めたのはとてもやりがいがありました。

田口 中西さんは経団連の会長をされていた頃に3×3Lab Futureに来ていただいたことがありますが、ものすごいリーダーシップを持たれていた方でしたね。

増田 日立製作所は100年以上の歴史があって様々な経営者がいましたが、歴代の中でもトップクラスの素晴らしい経営者だと思っています。私みたいなペーペーの部長にもニコニコと笑顔で真摯に話してくださいましたしね。

田口 それにしても、35万人からなる組織のサステナビリティ戦略をつくるというのは身震いしませんか?

増田 規模を見ると途方も無いですが、実際には足元から一歩ずつやるしかないと考えていました。具体的な進め方としては、2017年4月に中西会長から宿題をいただいた後、すぐサステナビリティ戦略会議というものを立ち上げました。これは社長以下執行役員までの40名ほどを集めた会議体で、ここで大きな方向性をつくっていきました。その後、より実務的な動きを展開するために各事業部の部長を集めた実務者会議を立ち上げ、詳細なヒアリングを実施し、戦略・戦術を練り、コンセンサスを取っていきました。その中で大事にしたのは実際に現場に出向くことです。いろいろな事業部に伺ってサステナビリティや事業戦略についての会話に力を入れていきました。

田口 サステナビリティ戦略は事業内容にも関わるものだったのですか?

増田 そうです。中西会長からは「事業としてやっていかないと意味がない」「SDGsをテンプレートに事業そのものを考えてほしい」と言われていました。ですから、SDGsで定められた17の目標と169の達成基準に対して、日立としてはどこにリスクがあるのか、事業としてどうやって貢献していくのかを考えていきました。SDGsは単なる社会貢献活動ではなく、事業のど真ん中に置くべきものだという考えが中西会長の頭の中にあったんです。

田口 SDGsと事業を関連付ける大切さは今でこそ誰もが口にしますが、当時はまだCSRの延長のような雰囲気でしたよね。

増田 ええ。でも中西会長にはその考えはまったくなかったですね。SDGsでは「誰一人取り残さずに持続可能な社会を実現する」と謳っていますが、それは日立が進めている社会イノベーション事業の目的とまったく同じなんですよね。中西会長はそれを社長であった2010年頃から言っていましたし、ざっくばらんな話し合いの場では「SDGsで事業が儲からないならその事業は辞めてもいい」「いい意味でSDGsで儲けろ」と言っていました。だからこそ、上層部だけではなく各事業部門の部長クラスにも入ってもらって戦略を立てていったんです

田口 素晴らしいですね。アウトプットとしてはどのように残しているんですか。

増田 2019年に発表した中期経営計画の中で、日立グループは社会価値、環境価値、経済価値の3つを重視して経営する、いわゆるトリプルボトムラインの考え方を打ち出しました。手法としては古典的なものですが、日立としてこうした考えを全面に押し出したのは初めてでした。

田口 我々もずっとトリプルボトムラインを大事にしているので、3×3Lab Futureとの親和性を感じます。一方で、この3つが大事と言いながらも、既存で動いている経済価値の中には社会性が強くなかったり環境に配慮されていないものもありますよね。その逆に、社会性や環境性があっても経済価値が低いものもある。そうしたバランスについてはどうお考えでしょうか。

増田 社会価値・環境価値・経済価値が等しくなっていて、いわば巨大な正三角形を描けるのが理想形ではあります。でも、そんなふうに正三角形になる事業はほとんどなくて、だいたいは歪なんですよね。例えば日立グループの中で海水を淡水化するソリューションがあります。これは水不足の解決だけでなく、水汲み労働に従事する子どもを救うものでもありますし、清潔な水を増やすことで医療問題の解決にもつながる、社会価値の高い事業です。ただ、売上規模は数千億円ほどでグループ全体から見れば数%に過ぎず、日立の中の経済価値と言いますか、財務価値はさほど高くありません。また医療分野の例では、重粒子線治療装置によるがん治療システムという、従来の放射線治療よりも患者への負担を少なく出来る社会価値が非常に高いシステムがありますが、大量の電力が必要になるので環境価値の側面では逆にネガティブなんです。

このように、一つひとつの事業を見てみるとどれも歪な三角形なんですよね。そこで大事なのは、歪な三角形を集めてグループ全体で巨大な三角形を描く時、それが正三角形になるようにマネージメントすることです。それができればトリプルボトムラインをクリアできていると言えますし、その方向に持っていくことがコーポレート企画の仕事だと思っています。

理想の姿は「青黒い人」

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田口 お話を聞いていると、増田さんは飄々としながらも確固たる信念のようなものを持っているからこそ、プレッシャーに負けず大きな仕事ができたり、味方を増やせて来れたのだろうと感じました。ご自身としては何か拠り所にしてきたものあるのですか。

増田 私の理想は「青黒い人」、つまり「青臭くて腹黒い人」ですね。何らかの志を実現するには、青臭い理想を掲げながら、その実現に向けて現実的な視点を持って腹黒く立ち回れなくてはなりませんよね。そういう人を青黒い人と称しているんですが、私はそう在りたいと思っています。田口さんなんかはむちゃくちゃ青黒い人ですよね(笑)。

田口 いやいや、青いだけですよ(笑)。でもそのバランスはとても大事ですし、そう在るためにも、定点観測をしてもらえるような外の人とつながっていることが、増田さんを増田さんたらしめる所以なのかもしれないですね。

増田 そういう意味では、3×3Lab Futureに来られる方にも支えられています。きっと青黒い人が多いからなんでしょうね(笑)。

田口 たしかにそうかもしれません(笑)。最後に今後の展望について伺いたいと思います。増田さんは昨年60歳になられたということですが、引退という言葉は似合わないですよね。

増田 そうですか? うちは犬と猫を飼っていますから、早く縁側でお茶を飲みながら犬猫を愛でる生活をしたいと思っていますけどね。それと父が沖縄出身なので、いつか沖縄に移住したいと妻とは話していますよ(笑)。とはいえ、今取り組んでいる仕事はやりがいがありますし、いい仲間にも恵まれていますから、必要とされる限りは頑張りたいと思っています。

田口 増田さんのように、システムエンジニアからスタートして、経営企画をやり、CSRやブランディングに携わり、大企業のサステナビリティ戦略をつくる経験をした人は、きっと他にはいないですよね。そのパーソナルヒストリーはとても大切な宝だと、今日のお話を通して改めて感じました。日立さんとはせっかく拠点が近いので、エコッツェリア協会としても一緒にイベントを開催するなど、つながりを持てればと思います。

増田 いいですね。ぜひ一緒に何かできればと思います。

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増田典生(ますだ・のりお)
株式会社日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管

1985年株式会社日立ソリューションズ入社。人財開発、経営企画、CSR、ブランド戦略等に従事。2015年4月に株式会社日立製作所へ転籍。2017年から2019年までサステナビリティ推進本部企画部長として日立グループのサステナビリティ戦略構築・推進に従事。2020年4月より同本部主管。2020年6月一般社団法人ESG情報開示研究会共同代表理事に就任。2022年4月より京都大学経営管理大学院特命教授。

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