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丸の内サマーカレッジ2026DAY2のプログラムは、視座をグローバルからローカル、そして個人の実存へと移動させる構成となっていました。午前中はシリコンバレー在住の桝本博之氏が登壇し、世界競争力の現状や「早く失敗する」ことの重要性など、グローバルな起業家精神について語りました。そして午後は福島県南相馬市で移住支援を行う小南理華氏と、日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋パチ昌也氏が、地方創生や多様な人々との共生、働き方をテーマに講演し、その後参加者の学生たちは、翌日の最終発表に向けたワークショップをスタートしました。
【DAY2スケジュール】
講演3「グローバルな視点を体感しよう」 桝本 博之 氏(B-Bridge International, Inc.
President&CEO)
講演4「つながりが生む、新しい可能性」
小南 理華 氏(みなみそうま移住相談窓口 よりみち 代表)
八木橋 パチ 昌也 氏(日本アイ・ビー・エム株式会社 コラボレーション・エナジャイザー)
ワークショップ1:テーマ検討
講師の桝本博之氏
2日目最初の登壇者は、シリコンバレー在住20年以上、日米のビジネスの本質を知るB-Bridge International, Inc. 代表・桝本博之氏です。
冒頭、桝本氏は「今日は、シリコンバレーのリアルな話をたくさんしたいと思います」と学生たちに語りかけ、続けて次のように呼びかけました。「プロアクティブ(Proactive:能動的・積極的)」と「インタラクティブ(Interactive:双方向)」。周りの目を気にするのではなく、自分が主体となって動き、お互いにやり取りをしましょう。そうして桝本氏は本題へと話を進めました。
富山県南砺市で生まれた桝本氏は、大阪で育ち、京都の大学を卒業。「東洋紡(旧・東洋紡績)」という、当時35,000人ほどが働く大企業に入社しました。2000年、アメリカのシリコンバレーでB-Bridgeを立ち上げたきっかけは、1995年1月17日に起きた「阪神・淡路大震災」でした。
当時、神戸に住んでいたという桝本氏も被災。大切な人を亡くした一方で、その日に子どもが誕生しました。当時、口から出てくる言葉は「どうしよう」ばかりだったといいます。しかし、このままではいけないと考えた桝本氏は、なぜ「どうしよう」と悩んでしまうのか、その理由を考えました。そして知識がなく解決する方法を知らないから悩むのだと気づいた桝本氏は、今後悩まないために知識をつけ、すぐに行動すると決意するのです。
その後、ヘッドハンティングを受けてシリコンバレーへ。そこには、知識が豊富で、行動力のある人がたくさんいました。
桝本氏はここで、こんな問いを学生に投げかけました。1990年に世界1位だった日本の競争力(IMD調査)は、現在38位まで転落してしまったが、なぜ日本はこれほどまで世界競争力が落ちてしまったのか。
学生たちの回答は「グローバルな視点が欠けていた」「日本の市場に甘んじて世界を見ていなかった」「大企業志向・安定志向が定着してしまったことが原因ではないか」「デジタル赤字やIT分野での遅れが原因ではないか」
プロアクティブに発言する学生たち
桝本氏は、これらに自らの視点を付け加えました。実は競争力ランキングの中で、日本の評価を最も大きく引き下げているのはビジネスの効率性です。シリコンバレーなら3分でサインをするところ、日本の企業では、一旦日本本社に持ち帰り稟議を通してから回答するとして時間がかかる。スピードが何よりも重要な時代に、この意思決定の遅さは致命的だといいます。
さらに、ショッキングなのは、自分に満足している日本の若者はわずか10%(米国は70%)であり、自分の長所を認識しているのは16%(米国は95%)に過ぎないという結果があること。この自己肯定感の低さは、挑戦を阻害するOSの構造的バグだといいます。このバグを修正しない限り、プロアクティブな行動は生まれないのです。
しかし、日本人は歴史的にこのOSのアップデートに長けているはずでした。幕末、勝海舟や福沢諭吉らは咸臨丸でサンフランシスコへ渡り、異文化を柔軟に取り入れることで明治維新という巨大なイノベーションを成し遂げました。私たちは、外の世界を見て自らをガラリと変える力を本来は持っている。できないことはないはずなのです。
この危機的状況を打破するためには、新しいチャレンジをして、失敗を繰り返しながらも前に進んでいけるような、新しいルールとマインドを再び日本に作るしかない、と桝本氏は学生たちにその未来を託しました。
では、イノベーションの本質とは何か。桝本氏は「短期間でこれまでの常識を打ち破ること」と再定義。ここで重要となるのが、シリコンバレーの核心的哲学「フェイル・ファスト(Fail Fast:早く失敗する)」です。その理由はいたってシンプル。ハシゴの10段目で転ぶよりも1段目で転ぶ方が大した怪我もしませんし、すぐに軌道修正することができるからです。早い段階で、たくさん小さな失敗を経験することこそが、成功への最も効率的な近道なのです。
講師の桝本氏とお題に対しディスカッションをしている学生たち
「Nothing is a mistake. There is no win and no fail, there is only make.(間違いなんてない。そこには勝ちも負けもない、あるのはただ行動すること(作り続けること)だけだ)」シリコンバレーで非常によく使われる言葉です。とにかく動き続けよう、やり続けよう、という強いメッセージがそこにはあります。
この行動を支えるための手法として、桝本氏はデザイン思考(Design Thinking)を紹介しました。今あるものを少しずつ改良していくロジカルシンキング(論理的思考)に対し、全く新しい価値を世の中に生み出すのがデザイン思考。世の中の人がどんなことで悩んでいるのか、何に困っているのかというユーザーの視点から出発し、問題を定義して、それを技術で解決していくアプローチです。こうした世の中の課題を解決するために、リスクを取って行動する精神のことを「アントレプレナーシップ(起業家精神:Entrepreneurship)」と呼びます。必要なのは物事に対する旺盛な好奇心、と、好奇心を持って人とつながり、人的ネットワークを広げていく努力をすることです。こうしたアントレプレナーシップを持ち、挑戦を応援し合うマインドセットを持った人が世界中から集まっているということこそ、シリコンバレーの強みなのだといいます。
桝本氏はこのようなシリコンバレーのマインドセットを「シリコンバレーのOS」と呼び、若い人たちにインストールする活動を行っています。年間200人から300人ほどの日本の学生や起業家を受け入れ、1週間ほどの短期研修を実施。わずか1週間ですが、シリコンバレーの空気を吸い、チャレンジャーたちと交わることで、彼らのOSが完全に書き換わり、自国に帰ってから見違えたように積極的にチャレンジを始める姿をたくさん見てきたといいます。
さらに今、日本のローカル(地域)にも、このシリコンバレーのOSを広める取り組みを行っているのだといいます。生まれ故郷である富山県を中心とした北陸エリアの市長、そして桝本氏を合わせた7人でプロジェクトを立ち上げました。この地域は、伝統的なものづくりが非常に盛んな地域です。そこで、ものづくりを意味するクラフト(Craft)とバレーを組み合わせて、クラフトバレー(Craft Valley)という名前を付け、ブランド化を進めています。伝統的なものづくりにシリコンバレーのスピードを掛け合わせる社会実装。伝統を重んじつつ、外からの視点を取り入れて地域を再定義するこの取り組みは、日本の各地方が目指すべき一つのモデルといえるでしょう。
昼休憩を挟んだあとは、「つながりを生む、新しい可能性」をテーマにした2つの講演です。まずは、震災後の地域にある余白を活かした起業や農家民宿の運営など、地方での挑戦の魅力を福島県に移住した小南理華氏が語りました。
小南氏が活動の拠点とする福島県南相馬市は、東日本大震災と原発事故によって一時人口がゼロになるなど、極めて厳しい状況に置かれてきました。しかし、彼女はこの地を同情すべき被災地ではなく、既成概念がリセットされた挑戦の余白として再定義し活動しています。
その活動の根源には、奈良県吉野町の過疎化という原体験がありました。幼稚園や小学校が統廃合で消え、思い出の風景が失われていく寂しさが、彼女を地方創生へと突き動かしているのです。
講師の小南理華氏
小南氏は、新卒で大手不動産デベロッパーに入社し、華やかなイメージとは裏腹に、1日1,000枚のチラシ配布や競合モデルルームへの潜入調査といった泥臭い営業を経験しました。このとき培われた、初対面の相手の懐に飛び込むコミュニケーション能力と、目標に対する執念は、後に、地縁の強いコミュニティで信頼を勝ち取る上での大きな財産となりました。
不動産の仕事を続ける一方で、いつかは地元に戻って、地域を元気にする仕事がしたいという想いは消えませんでした。しかし、学生時代からボランティアとして深く関わってきた福島への思いもある。そんな小南氏に転機が訪れます。現在所属するMYSH株式会社の社長から、奈良と福島の両拠点を繋ぐ「移住相談窓口」で働いてみないかとオファーを受けるのです。学生時代からずっと東北に通い、福島の状況や地元への想いをSNSで精力的に発信し続けていたという小南氏。情報発信を怠らず、プロアクティブに動き、つながりを持ち続けていたからこそ引き寄せたものでした。
こうして、2022年に福島県南相馬市へ移住。「南相馬市移住相談窓口 よりみち」の立ち上げと運営を任されることになりました。「よりみち」は、単なる行政窓口を超えたコミュニティ・ハブとして機能しています。10日間の無料お試し住宅運営や、サーフィン、農業、起業といった個別の関心に基づいた現地アテンドを通じ、年間約50名の移住決定という成果を挙げました。
南相馬に移住して4年経ち、農家民宿の事業承継に挑戦もしました。壁を壊しペンキを塗る大規模DIYを経て、2026年7月、1日1組限定の一棟貸し里山ゲストハウス「農家民宿 1番星」としてオープンさせました。さらに、事業を引き継いだことで広大な農地のオーナーとなりました。
小南氏は、地方での仕事の面白さについてこう語ります。
「都市のようにあらかじめ決められたレールの上の業務をこなすのではなく、普段の暮らしでは絶対に起こり得なかったはずの出来事が、つながりを通じて突発的に次々と起こり、それを自分ごととして解決していくダイナミックさがある」
都市で何かを始めようとすると、行動を起こすまでのハードルが高いですが、南相馬のような「震災で一度更地になり、あらゆる余白が存在する地方」であれば、まずは小さくチャレンジすることができるのです。
そして最後に、学生たちにこんな言葉を伝えました。
「皆さんがこれから選ぶ進路や就職は、長い人生における、ほんの最初の入り口にすぎません。
自分自身の選択によって、地域へ飛び込んだり、ビジネスを始めたりする、そんな無限で多様な選択肢が広がっています。こんな、驚くほど自由でエキサイティングな働き方や暮らし方が、日本の地域にはあるんだ、ということを今日の話を通じて知っていただけたら嬉しいです」
DAY2最後の登壇者は、日本アイ・ビー・エム株式会社に身を置きながら「コラボレーション・エナジャイザー(コラボレーションを活性化する人)」を称し、精力的な社会貢献活動を続けている八木橋パチ昌也氏です。しかしなぜコラボレーション・エナジャイザーという肩書きを称して活動しているのか。それは「自分自身のことを、死ぬまでずっと好きでいたいから」だと言います。
八木橋氏の哲学の根底には、20代のバンドマン時代に負った大きな後悔があります。成功のため親友に脱退してもらったという35年以上前の苦い記憶。このときの自責の念が、八木橋氏を突き動かしているのだというのです。
「日々の小さなチョイス(選択)が自己肯定感の総量を決める」
この八木橋氏の言葉は、キャリア形成における倫理観の重要性を説いています。
社会貢献活動やボランティア活動に多大なエネルギーを注ぐ八木橋氏が注力しているのは、社会に声が届きにくい人たち(サイレント・マイノリティ)を支える活動です。すなわち自ら発信することが困難な立場にある人たちに寄り添い、彼らの声を社会に届けるハブになることです。
いくつか取り組む活動の1つに、さぽうと21という、古くから難民や定住外国人などの日本での定住支援を行っている団体での活動があります。ここで、厳しい迫害から逃れて日本へ移住してきた少数民族ロヒンギャの子どもたちなどのオンライン学習支援を行っています。もう1つが、NPO法人カタリバでのボランティアです。ここでは、外国にルーツを持つ高校生たちが、日本で自らの可能性を広げていけるよう、職業体験やメンタリングを実施しています。
八木橋氏は、こうした活動を通じ、深刻な情報の格差を目の当たりにしているといいます。日本語の読み書きが困難な家庭では、子どもたちが描く将来像がYouTuberか肉体労働の少数の選択肢に限定されがちです。社会には中間の選択肢が無数にあるにもかかわらず、情報から孤立した彼らにはそれが見えないのです。
そして八木橋氏が今、人生をかけて取り組んでいる重要なテーマが、「障害や難病を抱える人たちの、『誇りある就労(就労支援)』」です。
「誇りある就労」とは何か。八木橋氏は昨年、数百人の方々とこのテーマについて対話を重ねてきました。現在、障害者雇用は法定雇用率を満たすための数合わせや「いやいや雇用」という歪んだ構造に陥っています。八木橋氏はこれを「魂をすり減らすシステム」と喝破し、難病を抱えながらプロとして働くRD(Rare Disease)ワーカーという概念を提唱しました。これは難病を抱える人々を支援の対象から価値の創出者へとパラダイムシフトさせる、戦略的なアプローチです。
そして、キーワード「混ぜなきゃ危険」を提示しました。個人の自由は、戦争がない平和という土壌の上にしか成立しません。格差を放置し、特定の人々を不可視化し続けることは、社会の分断を招き、巡り巡って自身の自由を脅かします。自由を守るためにこそ異なる者を混ぜ合わせ、平和な土壌を耕し続ける必要があるのだと八木橋氏は考えているのです。
その後、小南氏と八木橋氏によるクロストークが行われ、二人の話に大きな関心を寄せた学生たちは、講演終了後も講師に積極的に声をかけ、話をしていました。
講演後、講師に自分から質問をする学生たち
サマーカレッジ2日目最後のプログラムは、これまでの学びを反映させたワークショップ。
発表は明日、テーマは「作りたい未来に向けて"わたし"ができること」です。
今日はそれぞれのグループでの「テーマ」決めのディスカッションが行われました。
対話を繰り返すグループ。とにかく思ったことをメモしあうグループ。各グループの形で「つくりたい未来」を共有し、自分たちができることは何かを見つけようと時間を忘れ没頭していました。

高校生・大学生等が、他学校の仲間と交流し、様々な社会人の生き方をのぞきながら、これからのサステイナブルな社会に向けたアイデアを考えるプログラム。